「月読様」

呼ぶのと同時に、ふわっと音もなく舞い降りてきてくれた。

「どうした。また神頼みに来たのか?」

「それもそうですけど、月読様にお願いがあります」

「それこそ、神頼みではないか」

「あ、確かにそうですね。神様ですもんね」

「お主、信じておらぬだろう?」

「そんなことはないですよ」

ふふっと笑うと月読様もくすっと笑ってくれる。
その慈しむような優しい眼差しに、突然胸が苦しくなった。

自分が笑うこと、誰かに優しく微笑みかけられることが非現実的に思える。こんなこと、久しくなかったことだ。

私もまだ笑えたんだ――

ずっと気味悪がられ疎まれてきた私は笑うことを忘れていた。楽しんだり喜んだりすることを忘れていた。

「どうした?」

「え……?」

月読様の顔がぼやける。人ではない存在が見えなくなったのかと思ったけれど、違った。月読の指が私の頬に触れたからだ。

「あ、あれ?」

慌てて袖で涙を拭おうとする。けれどキキョウの束を持っているから、上手くできない。代わりに、月読様が自分の袖で頬を拭ってくれた。

「汚れてしまいます」

「かまわぬ」

「……申し訳ございません」

「謝ることではなかろう。お主が何か悩みを抱えていることはわかっていたよ。そうでもなければ、こんな夜更けにわざわざ神社に来る奇特な者はいないだろうからな」

「……はい」

月読様の温かさに触れて、何か憑き物が落ちたような気持ちに若干戸惑う。色を失くした世界に色が蘇るような、そんな感覚。今夜の星はひときわ輝いて見えた。

「願いは何だったか?」

「はい、神社の片隅でいいので、このキキョウを植えさせていただけませんか?」

「なんだ、そんなことか。好きにしたらいい。ここは(さび)れているからな。花があれば少しは活気づくであろう」

月読様は辺りを見渡した。
殺風景な神社に、まわりの木々が風を受けてサラサラと揺れる。