いつからか、私はずっと乾いていた。喉じゃなくて、心が、ずっと乾いてた。
育てていた観葉植物に水をあげ忘れた時の土の感じでも、寒さで乾燥してひび割れた指先の感じでもない。私の中は、もっともっとどす黒く干からびてた。中学から高校を卒業するまで、私は他人の意思や欲望に流されるままに生きてきた。
欲しくもないメイク道具や服を友達とお揃いにし、それらで武装して可愛くおめかしした後は友達に誘われたからというくだらない理由で興味がない男の子との集まりにも繰り出した。映りたくもない写真だったがカメラを向けられた時には自分に出来る精一杯の笑みを浮かべながら「はいちーず」とピースサインを作る。私の心は、渇くばかりだった。
渇いた私は、最低の人間だ。別に誰に言われた訳でもないけど自覚してる。
今もそうだった。桜が可愛いと言って携帯を取り出したのに、いざ写真を撮るとなると自分の前髪ばかりを気にして一向に写真を撮らない理沙に、早く桜を撮りなよ、と思ってしまう自分のことを嫌いになりそうだった。新学期初日を迎えた今日、校門の前には二本の桜が植えられいて、淡いピンクの花弁が咲き乱れていた。確かに桜は綺麗だった。でも、桜を撮りたいなら、桜を撮ればいい。そこにわざわざ自分が入り込む必要はないだろう。
「みて、こないだ小夜と撮った写真さ、いいねこんなについてる!」
桜をバックに自撮りを済ませた理沙が、携帯をみせてくる。私はそれをみながら「凄いね。確かに盛れてる」と作り物の笑顔を張り付ける。
今日どこに行った。何を食べた。彼氏や友達と過ごした幸せな時間。SNSにあがるものなんてそんなものばかりで、自分の引き立て役として写真に添えられた場所や物は、その写真をみた相手やその周りを無作為に引きずり込む。
──インスタで見たんだけどさ、あそこのカフェいい感じなんだって。
──これ知ってる? 目元めちゃくちゃ綺麗に盛れてるって。学校終わったら一緒に買いに行こうよ。
自分の意思をしっかりと持ち断る勇気がある人は自然と対処出来るのだと思う。でも、私のように自分の意思すら明確に提示出来ない弱い人間は、気付いた時には間接的にSNSに投稿された写真に染められ、友人には直接的に染められることになる。私服にメイク道具、LINEのスタンプに至るまで、私の持ち物は全て理沙や仲のいい子達に勧められたものばかりだ。
「小夜、笑って」
気付いた時には肩に手を添えられていて、反対の手で持っている携帯の画面には私と理沙が映っていた。淡いピンクの花弁が咲き乱れている桜をバッグに、頭一つ分理沙が高く映ってる。理沙は私の中学からの同級生で、髪は暗めの茶色に染めており、身長は168cmもありスタイルが良い。大きな目が特徴的な彼女は、いつも登校するだけだというのにばっちりメイクをしてくる。シャッター音が鼓膜に触れた。すぐさま指を滑らせ、理沙は盛れているかどうかを確認していた。
「あれ、小夜ちょっと前髪切った?」
問われ、私は前髪を指先で触りながら「うん、ちょっとだけね」と答えた。目の少し上辺りで切り揃えていた前髪が少し伸びてきた気がしたから自分で切ったのだ。横や後ろにはレイヤーを入れ、少し前に美容院で春らしく軽い髪型にしてもらっている。
「その方がいいよ。小夜ってさ、目大きっくて綺麗だしより強調されてる感ある」
言いながら、理沙は徐ろに携帯を自分の顔に向け、流した前髪を指先で整えていた。私の前髪の話をしながら、既に意識は自分のそれに向いているようだった。
「良かった。新学期だしね。気分変えたくて」
曖昧に笑みを浮かべた。
「分かる。私も前髪切ってきたら良かったなぁ。今日って新しい子も私達のクラスにくるよね。メイクよれたりしてない? ってかさ、担任誰なんだろ? だるい人だったら嫌だね。もういこ?」
矢継ぎ早に言われ、私が言葉を返す間もなく理沙に手を引かれ私は校舎の中へと足を踏み入れた。花梨女子高等学校。五年前に改築したばかりだというその校舎のコンクリートは陽の光を弾く程に真新しく、その名の通りこの学校は女子高だ。偏差値が高いこともさることながら、制服がかわいいという事でこの辺りでは有名な高校だった。ワンピーススタイルの純白の制服で、腰には焦げ茶色のベルトを巻く為に細くみえるから嬉しいと生徒からの評判も良かった。
──ねぇ、小夜。ここの制服すっごく可愛くてさ、一緒にここいこうよ。
中学の時、満面の笑みを向けながら理沙にそう言われ、私はこの高校を受験した。本当は別の高校が私の第一志望だったけれど、理沙に言われるがまま私は進路指導の際にこの高校の名前を口にしていた。あれから二年が経ち、私達は高校最後の学年を迎えようとしていた。
育てていた観葉植物に水をあげ忘れた時の土の感じでも、寒さで乾燥してひび割れた指先の感じでもない。私の中は、もっともっとどす黒く干からびてた。中学から高校を卒業するまで、私は他人の意思や欲望に流されるままに生きてきた。
欲しくもないメイク道具や服を友達とお揃いにし、それらで武装して可愛くおめかしした後は友達に誘われたからというくだらない理由で興味がない男の子との集まりにも繰り出した。映りたくもない写真だったがカメラを向けられた時には自分に出来る精一杯の笑みを浮かべながら「はいちーず」とピースサインを作る。私の心は、渇くばかりだった。
渇いた私は、最低の人間だ。別に誰に言われた訳でもないけど自覚してる。
今もそうだった。桜が可愛いと言って携帯を取り出したのに、いざ写真を撮るとなると自分の前髪ばかりを気にして一向に写真を撮らない理沙に、早く桜を撮りなよ、と思ってしまう自分のことを嫌いになりそうだった。新学期初日を迎えた今日、校門の前には二本の桜が植えられいて、淡いピンクの花弁が咲き乱れていた。確かに桜は綺麗だった。でも、桜を撮りたいなら、桜を撮ればいい。そこにわざわざ自分が入り込む必要はないだろう。
「みて、こないだ小夜と撮った写真さ、いいねこんなについてる!」
桜をバックに自撮りを済ませた理沙が、携帯をみせてくる。私はそれをみながら「凄いね。確かに盛れてる」と作り物の笑顔を張り付ける。
今日どこに行った。何を食べた。彼氏や友達と過ごした幸せな時間。SNSにあがるものなんてそんなものばかりで、自分の引き立て役として写真に添えられた場所や物は、その写真をみた相手やその周りを無作為に引きずり込む。
──インスタで見たんだけどさ、あそこのカフェいい感じなんだって。
──これ知ってる? 目元めちゃくちゃ綺麗に盛れてるって。学校終わったら一緒に買いに行こうよ。
自分の意思をしっかりと持ち断る勇気がある人は自然と対処出来るのだと思う。でも、私のように自分の意思すら明確に提示出来ない弱い人間は、気付いた時には間接的にSNSに投稿された写真に染められ、友人には直接的に染められることになる。私服にメイク道具、LINEのスタンプに至るまで、私の持ち物は全て理沙や仲のいい子達に勧められたものばかりだ。
「小夜、笑って」
気付いた時には肩に手を添えられていて、反対の手で持っている携帯の画面には私と理沙が映っていた。淡いピンクの花弁が咲き乱れている桜をバッグに、頭一つ分理沙が高く映ってる。理沙は私の中学からの同級生で、髪は暗めの茶色に染めており、身長は168cmもありスタイルが良い。大きな目が特徴的な彼女は、いつも登校するだけだというのにばっちりメイクをしてくる。シャッター音が鼓膜に触れた。すぐさま指を滑らせ、理沙は盛れているかどうかを確認していた。
「あれ、小夜ちょっと前髪切った?」
問われ、私は前髪を指先で触りながら「うん、ちょっとだけね」と答えた。目の少し上辺りで切り揃えていた前髪が少し伸びてきた気がしたから自分で切ったのだ。横や後ろにはレイヤーを入れ、少し前に美容院で春らしく軽い髪型にしてもらっている。
「その方がいいよ。小夜ってさ、目大きっくて綺麗だしより強調されてる感ある」
言いながら、理沙は徐ろに携帯を自分の顔に向け、流した前髪を指先で整えていた。私の前髪の話をしながら、既に意識は自分のそれに向いているようだった。
「良かった。新学期だしね。気分変えたくて」
曖昧に笑みを浮かべた。
「分かる。私も前髪切ってきたら良かったなぁ。今日って新しい子も私達のクラスにくるよね。メイクよれたりしてない? ってかさ、担任誰なんだろ? だるい人だったら嫌だね。もういこ?」
矢継ぎ早に言われ、私が言葉を返す間もなく理沙に手を引かれ私は校舎の中へと足を踏み入れた。花梨女子高等学校。五年前に改築したばかりだというその校舎のコンクリートは陽の光を弾く程に真新しく、その名の通りこの学校は女子高だ。偏差値が高いこともさることながら、制服がかわいいという事でこの辺りでは有名な高校だった。ワンピーススタイルの純白の制服で、腰には焦げ茶色のベルトを巻く為に細くみえるから嬉しいと生徒からの評判も良かった。
──ねぇ、小夜。ここの制服すっごく可愛くてさ、一緒にここいこうよ。
中学の時、満面の笑みを向けながら理沙にそう言われ、私はこの高校を受験した。本当は別の高校が私の第一志望だったけれど、理沙に言われるがまま私は進路指導の際にこの高校の名前を口にしていた。あれから二年が経ち、私達は高校最後の学年を迎えようとしていた。