透花先生から出されたお題は授業の度に執り行われ、それから二週間続いた。名前を呼ばれた二人が相手を想うだけ髪の毛を引き抜く。それも、嘘を付くことは出来ず、皆の目の前で行わなければならない。普段はみえない人間の感情が、髪の毛の本数として具現化された。
──日頃どう思っていた。
──あれをされて嫌だった。
──これだけ私はあなたのことを思ってる。
──私は、あなたのこういうところが嫌いだった。
いつからか、透花先生から頼まれてもいないのに髪の毛を引き抜くと同時に向かい合った相手にそれまで胸に秘めていたことを口にするようにもなった。それによって、より友達として関係が深くなる子もいれば、反対に友達としての関係が終わる子もいた。私と理沙の場合は後者だった。
あの日、理沙と向かい合った私が引き抜いた髪の毛は五本だった。理沙を含めたクラス中の全員が、私は理沙の為になら十本引き抜くと思っていたのだろう。
「私は、五本です」
そう口にした瞬間、えっ? とどよめきが起き、叫びにも似たような声を理沙はあげ泣き崩れた。その日の放課後、理沙に呼び出された。友達だと思ってた。五本なんてひどすぎるって。感情の赴くままに叱責を浴びた私は、これまでずっと胸に秘めたものを口にすることにした。
「ごめんね理沙、もうね私疲れちゃった。理沙の行きたいところ、やりたいこと、理沙が求めるもの全てに私は合わせてきた。この高校だってそう。私はね、本当は別の高校に行きたかった。けど、理沙が行きたいって言うから嫌われたくなくてここにした。中間や期末テストもそうじゃん。一年の時にずっと同じクラスで入れるようにお互いに調節しようねって約束したせいで、私、わざと間違えて提出したりしてたんだよ? もうね、そういうの全部嫌なの。いや、ごめん。理沙だけにって訳じゃないんだ。私は、他人の意見にずっと合わせてた。嫌われたくないから。この水槽で除け者にされたくないから。もうそういうの、全部疲れたの」
これまでずっと胸の奥底へと仕舞い込んでいた感情を全て吐き出した。結果、理沙は目に涙を浮かべ私の前から走り去っていった。その翌日、絵里奈からは「あんた最低だね」と言われ冷たい眼差しを向けられ、心には刃物を突き立てられた。
「あんな訳の分からない授業で、ましてや教師に促されたってだけで友達を切り捨てるんだ。友達より教師? まじで笑える。小夜って下の名前で呼ばれるし、あんたって透花先生といっつも一緒にいるよね? もしかして、あんた達って出来てんの?」
その瞬間、怒りで血が昇った私は気付いた時には絵里奈の頬を打っていた。それ以来、私は絵里奈のグループから外された。休み時間も昼休みも一人で過ごした。購買で毎日パンを一つ買い、屋上で過ごした。凍てつくような寒さが吹き抜ける中、一人チャイムが鳴るその時を待った。涼葉が私のいる屋上に来てくれたのは、そんな日々が続いたある日だった。
「おっ、こんなとこにいたんだ」
肩の辺りで綺麗に切り揃えた黒い髪を揺らしながら、フェンスに持たれていた私の隣に腰を下ろしてくる。私はすぐに涼葉が入ってきた扉の方へと目を向けた。
「あー絵里奈たちは来ないなら大丈夫だよ」
その言葉に微かに胸を撫で下ろしてる自分がいた。
「っていうかさ、皆、私があの子たちのグループに入ってるみたいな認識でいるけど、私入ったつもりないから」
「えっ」
私自身その認識でいた為に驚いてしまった。
「あのクラスって」
涼葉の前髪が風に揺られ、さわさわと揺れている。
「腐ってるじゃん」
思ってもいなかった言葉に意表を突かれ、私は目を見開いてしまう。
「透花先生がいて、三十五人の女の子がいて、表向きは和気あいあいと過ごしてますって感じだけどさ、皆があの絵里奈って子たちのグループに気を使ってる。行きたくないのに購買にジュースやパンを買いに行かされている子もいれば、その気持ちを察しているのに、見て見ぬ振りしている子もいる。他もそうだよ。皆がメイクしてるから、皆がこうしてるから、私もこうじゃないとみたいなさ、同調圧力って言うの? そういうの、前のクラスにも無かったって言ったら嘘になるけどさ、ここまでじゃなかった。だから、そのクラスを腐らせた元凶ってどんな子だろうっ思ってちょっと近付いただけ」
まさか涼葉がそんな風に考えてるなんて、と私は言葉を失い、頷くだけで精一杯だった。
「まあ、それも建前なんだけどね」
涼葉は薄く笑った。
「私はさ、成績も学年トップの位置にいたし、バスケ部のエースで優等生だったんだよ。この高校じゃ、ずっと一番上のクラスにいたしね。でも、高校二年の二学期から中間も期末も全部白紙で出したの」
「……どうして」
「あんた達がいるクラスに落ちるため」
そう呟いた涼葉の目には、強いひかりが宿っていた。
「美優は、私の一番の友達だった。私はさ、美優をあんな目に合わせたあんた達が許せなかった。机に置かれたラナンキュラスの花瓶を見る度に殺意が湧いたよ。だから、自分の人生を捨てでもこの選択を選んだ。一人残らず、全員地獄の底に叩き落としてやる。そう思いながら、新学期初日を迎えたの。どうして透花先生から最初のお題された日に私が休んでいたか分かる?」
私は首を横に振った。
「答えは簡単。知ってたから」
瞬間、全身の毛穴が泡立った。
──日頃どう思っていた。
──あれをされて嫌だった。
──これだけ私はあなたのことを思ってる。
──私は、あなたのこういうところが嫌いだった。
いつからか、透花先生から頼まれてもいないのに髪の毛を引き抜くと同時に向かい合った相手にそれまで胸に秘めていたことを口にするようにもなった。それによって、より友達として関係が深くなる子もいれば、反対に友達としての関係が終わる子もいた。私と理沙の場合は後者だった。
あの日、理沙と向かい合った私が引き抜いた髪の毛は五本だった。理沙を含めたクラス中の全員が、私は理沙の為になら十本引き抜くと思っていたのだろう。
「私は、五本です」
そう口にした瞬間、えっ? とどよめきが起き、叫びにも似たような声を理沙はあげ泣き崩れた。その日の放課後、理沙に呼び出された。友達だと思ってた。五本なんてひどすぎるって。感情の赴くままに叱責を浴びた私は、これまでずっと胸に秘めたものを口にすることにした。
「ごめんね理沙、もうね私疲れちゃった。理沙の行きたいところ、やりたいこと、理沙が求めるもの全てに私は合わせてきた。この高校だってそう。私はね、本当は別の高校に行きたかった。けど、理沙が行きたいって言うから嫌われたくなくてここにした。中間や期末テストもそうじゃん。一年の時にずっと同じクラスで入れるようにお互いに調節しようねって約束したせいで、私、わざと間違えて提出したりしてたんだよ? もうね、そういうの全部嫌なの。いや、ごめん。理沙だけにって訳じゃないんだ。私は、他人の意見にずっと合わせてた。嫌われたくないから。この水槽で除け者にされたくないから。もうそういうの、全部疲れたの」
これまでずっと胸の奥底へと仕舞い込んでいた感情を全て吐き出した。結果、理沙は目に涙を浮かべ私の前から走り去っていった。その翌日、絵里奈からは「あんた最低だね」と言われ冷たい眼差しを向けられ、心には刃物を突き立てられた。
「あんな訳の分からない授業で、ましてや教師に促されたってだけで友達を切り捨てるんだ。友達より教師? まじで笑える。小夜って下の名前で呼ばれるし、あんたって透花先生といっつも一緒にいるよね? もしかして、あんた達って出来てんの?」
その瞬間、怒りで血が昇った私は気付いた時には絵里奈の頬を打っていた。それ以来、私は絵里奈のグループから外された。休み時間も昼休みも一人で過ごした。購買で毎日パンを一つ買い、屋上で過ごした。凍てつくような寒さが吹き抜ける中、一人チャイムが鳴るその時を待った。涼葉が私のいる屋上に来てくれたのは、そんな日々が続いたある日だった。
「おっ、こんなとこにいたんだ」
肩の辺りで綺麗に切り揃えた黒い髪を揺らしながら、フェンスに持たれていた私の隣に腰を下ろしてくる。私はすぐに涼葉が入ってきた扉の方へと目を向けた。
「あー絵里奈たちは来ないなら大丈夫だよ」
その言葉に微かに胸を撫で下ろしてる自分がいた。
「っていうかさ、皆、私があの子たちのグループに入ってるみたいな認識でいるけど、私入ったつもりないから」
「えっ」
私自身その認識でいた為に驚いてしまった。
「あのクラスって」
涼葉の前髪が風に揺られ、さわさわと揺れている。
「腐ってるじゃん」
思ってもいなかった言葉に意表を突かれ、私は目を見開いてしまう。
「透花先生がいて、三十五人の女の子がいて、表向きは和気あいあいと過ごしてますって感じだけどさ、皆があの絵里奈って子たちのグループに気を使ってる。行きたくないのに購買にジュースやパンを買いに行かされている子もいれば、その気持ちを察しているのに、見て見ぬ振りしている子もいる。他もそうだよ。皆がメイクしてるから、皆がこうしてるから、私もこうじゃないとみたいなさ、同調圧力って言うの? そういうの、前のクラスにも無かったって言ったら嘘になるけどさ、ここまでじゃなかった。だから、そのクラスを腐らせた元凶ってどんな子だろうっ思ってちょっと近付いただけ」
まさか涼葉がそんな風に考えてるなんて、と私は言葉を失い、頷くだけで精一杯だった。
「まあ、それも建前なんだけどね」
涼葉は薄く笑った。
「私はさ、成績も学年トップの位置にいたし、バスケ部のエースで優等生だったんだよ。この高校じゃ、ずっと一番上のクラスにいたしね。でも、高校二年の二学期から中間も期末も全部白紙で出したの」
「……どうして」
「あんた達がいるクラスに落ちるため」
そう呟いた涼葉の目には、強いひかりが宿っていた。
「美優は、私の一番の友達だった。私はさ、美優をあんな目に合わせたあんた達が許せなかった。机に置かれたラナンキュラスの花瓶を見る度に殺意が湧いたよ。だから、自分の人生を捨てでもこの選択を選んだ。一人残らず、全員地獄の底に叩き落としてやる。そう思いながら、新学期初日を迎えたの。どうして透花先生から最初のお題された日に私が休んでいたか分かる?」
私は首を横に振った。
「答えは簡単。知ってたから」
瞬間、全身の毛穴が泡立った。