人の肉体は、もしかしたら二つの魂を宿すことが出来るのかもしれない。
あの瞬間、教壇に立つ透花先生の姿をみて、そう思ったのは私だけではないはずだ。
透花先生は新雪のように肌が白く、高い鼻梁に大きな目を持ち、横顔すらも美しい人だった。そして、年齢は二十六歳とその年に十八歳の誕生日を迎える私たちとも年が近く、担任の先生というよりは優しいお姉さんという関係だった。授業の悩みや人間関係の悩み、それから同性かつ信頼していなければ言えないような性の悩みまで。私たちは、全てを打ち明けていた。休み時間にはくだらない話ばかりする私たちに「うんうん。それで?」と嘘みたいに綺麗な笑みを溢してくれた。そんな透花先生のことを、皆が好いていた。
だが、その日、透花先生はそれまでからは想像もつかないような氷の如く冷たい眼差しを私たちに向けながらこう言ったのだ。
「たとえば、あなた方の左手、あるいは右手、それはどちらでも構いませんが、手首の先から真すぐに刃を入れたとします。当然ですがその瞬間、血は溢れ出します。赤い、真っ赤で綺麗な鮮血。まだ二十歳にも満たないあなた方の血は、それはそれは綺麗なものでしょう。こう思い浮かべてみてください。白い肌は溢れ出た血で緩やかに染まります。あなたはその血の源流を探ろうと目を向けるのです。そうです。ついさっき、刃を入れてぱっくりと裂けた傷口です。その傷口から、たとえばちいさな芽が出たとします。青々とした、ほんとにちいさな芽です。それは、あなた方の血肉を吸いながら次第に成長し蕾となり、やがて花を咲かせます。その花を、私はみてみたいのです。大丈夫。実際に手首に傷をつけるつもりはありません。でも、あなた方の心には、先程話した手首のような傷をつけさせて貰います。何も自分でやる必要はありません。それをするのは、私の役目ですから。あなた方の役目は、この学校を卒業するまであと四ヶ月。それまでに立派な花を咲かせることです。そして、その開いた花弁一枚一枚を、この私にみせることです」
言い終えて「分かりましたね?」と怖いくらいに綺麗な笑みを咲かせた。最初の内は、透花先生の何かの冗談だと思い「ねぇ、怖いんだけど」「手首から花が咲くとか綺麗」「透花っち、今日も最高」などと笑い声をあげる者もいた。だが、全てを聴き終えた頃には誰も口を開いていなかった。静寂が満ちた教室の中で誰かが言った。
「ねぇ、あれ誰?」
あの瞬間、教壇に立つ透花先生の姿をみて、そう思ったのは私だけではないはずだ。
透花先生は新雪のように肌が白く、高い鼻梁に大きな目を持ち、横顔すらも美しい人だった。そして、年齢は二十六歳とその年に十八歳の誕生日を迎える私たちとも年が近く、担任の先生というよりは優しいお姉さんという関係だった。授業の悩みや人間関係の悩み、それから同性かつ信頼していなければ言えないような性の悩みまで。私たちは、全てを打ち明けていた。休み時間にはくだらない話ばかりする私たちに「うんうん。それで?」と嘘みたいに綺麗な笑みを溢してくれた。そんな透花先生のことを、皆が好いていた。
だが、その日、透花先生はそれまでからは想像もつかないような氷の如く冷たい眼差しを私たちに向けながらこう言ったのだ。
「たとえば、あなた方の左手、あるいは右手、それはどちらでも構いませんが、手首の先から真すぐに刃を入れたとします。当然ですがその瞬間、血は溢れ出します。赤い、真っ赤で綺麗な鮮血。まだ二十歳にも満たないあなた方の血は、それはそれは綺麗なものでしょう。こう思い浮かべてみてください。白い肌は溢れ出た血で緩やかに染まります。あなたはその血の源流を探ろうと目を向けるのです。そうです。ついさっき、刃を入れてぱっくりと裂けた傷口です。その傷口から、たとえばちいさな芽が出たとします。青々とした、ほんとにちいさな芽です。それは、あなた方の血肉を吸いながら次第に成長し蕾となり、やがて花を咲かせます。その花を、私はみてみたいのです。大丈夫。実際に手首に傷をつけるつもりはありません。でも、あなた方の心には、先程話した手首のような傷をつけさせて貰います。何も自分でやる必要はありません。それをするのは、私の役目ですから。あなた方の役目は、この学校を卒業するまであと四ヶ月。それまでに立派な花を咲かせることです。そして、その開いた花弁一枚一枚を、この私にみせることです」
言い終えて「分かりましたね?」と怖いくらいに綺麗な笑みを咲かせた。最初の内は、透花先生の何かの冗談だと思い「ねぇ、怖いんだけど」「手首から花が咲くとか綺麗」「透花っち、今日も最高」などと笑い声をあげる者もいた。だが、全てを聴き終えた頃には誰も口を開いていなかった。静寂が満ちた教室の中で誰かが言った。
「ねぇ、あれ誰?」