クラクションが鳴る交差点を青い乗用車が通り過ぎていく。結愛は、坂本敏彦が運転する車の助手席に乗っていた。BGMは昭和の歌謡曲が流れている。ハンドルを右折する際に回すと、口を開いた。

「結愛ちゃんにまさか直電話してもらえるとは夢にも思わなかったよ。君に気に入ってもらえるようにとダイエット必死に頑張った甲斐があったよ。どう? 出産後の体調は大丈夫? 今日は自宅に送り届けるだけでいいってことだよね」
「……ごめんなさい。都合のいいように使ってるみたいで。でも、周囲に運転免許持ってるの坂本さんくらいで送ってもらえたら嬉しいって声かけたんです。本当に送ってくれるって思ってなくて……」
「いいの、いいの。俺のことは都合の良いように使ってよ。結愛ちゃんに会えるだけでうれしいんだから。それにもしかしたら、お腹の子は俺の子かもしれないんでしょう? まだ検査してないって聞いたけど。逆にごめんね。あの時、避妊しっかりしてなかった俺の責任だよ。申し訳なかった」
「……いえ、あの。すいません、何か。私もごめんなさい」
「いいよ、いいよ。ただ、結果早く知りたいな。今後のこともあるし」
「はい、わかり次第すぐ連絡します」

 何となく、嫌な予感をした結愛は、それ以上は話さなかった。敏彦も無表情のまま何も言わずに運転している。時計やバックミラーを気にしつつ、結愛のアパート近くのコインパーキングに到着した。病院からは車で20分の距離だった。

「ここまでで大丈夫ですよ。坂本さん、これからお仕事ですよね」
「あ、うん。まぁ、そうなんだけど。いいよ、荷物くらいは持ってあげるから」

 後部座席に乗せていた荷物を持ち上げて、結愛のアパートまで運んだ。車やバイクの走る音が響く。

「わざわざ、ありがとうございます。荷物まで。助かりました」
「あ、もし、俺の子だってわかったら、認知はするんだけど、育てるかどうかまではちょっとわからないから。養育費は用意するかもだけど……まぁ、いいや。とりあえず、しっかりわかり次第すぐに連絡してね」
「……はい。わかりました」

 あっさりとした回答に何だか愛を感じられない。子供って簡単に切り捨てるタイプの人だったんだと落ち込んだ。お金だけ渡しておけばいいみたいな考えだと感じた。心は冷たく、悲しくなった。こんなことになるなら、坂本に媚びを売るのをやめておけばよかったと今更なって思う。それでも生活にはお金がないと生きていけない。気持ちだけ押し殺せば、生きてさえいける。我慢するしかないのかと絶望する。

 キッチンにならぶ、碧央が使っていた青い色のマグカップが見えた。碧央の優しさが不意に愛しく感じる。あの時、あの瞬間がどれだけ幸せだったか。もう、戻れないんだと思うと胸がしめつけられる。 声を押し殺して、その場で結愛は泣き伏した。床の上に持っていた碧央のマグカップが転げ落ちた。とっての部分が壊れてしまう。

「ごめんなさい。碧央、ごめんなさい」

 本人は目の前にいないが、壊れたマグカップをぎゅっと抱きしめて何度も謝った。


◆◆◆


 その頃、渋谷のスクランブル交差点を歩いていた。隣には義春がいる。ゲーセンをめぐってストレス発散をしていた。誰かに呼ばれた気がした碧央は後ろを振り返る。

「俺、誰か呼んだ?」
「自意識過剰だわ。お前を誰が呼ぶか」
「いやいや、俺、お前よりモテるし、女子は黙ってないぞ」
「はいはい。いいから、青信号なんだから行くぞ」

 小走りで横断歩道を通り過ぎた。車のクラクションと救急車のサイレンが遠くで鳴り響いて、街はたくさんの人々でざわついていた。