NICU(新生児集中治療室)にある保育器の中に、結愛の子供が人工呼吸器をつけて必死に生きていた。食事は、搾乳した母乳と時々の粉ミルクを栄養としている。体は平均よりもだいぶ小さい。予定日よりも2カ月ほど早かった。体重も2000gでも小さいが、それよりももっと小さく500gあるかないか。手足も人形のように小さくて、触れると壊れてしまうんじゃないかと感じるほどだ。結愛は、体調が落ち着いてやっと顔を見ることができた。そっと肌に触れて、熱を帯びる赤ちゃんに涙が止まらない。小さい命が必死で生きようと呼吸している。生きようとするパワーは凄まじい。今まで悩んできたことが本当にちっぽけなことだったんじゃないかという感覚になった。小児科医の先生に静かに会釈して、病室に戻る。

「石原さん!」
 担当医の及川が呼び止めた。

「……」
 涙のあとがまだ消えないまま、うしろを振り返った。

「お父さん、熱心に様子見に来てましたよ。本当にお子さんのことを大事になさってて……感心しました。頼もしいお父さんですね」

 綺麗な歯をキラリと見せて笑顔で言う及川先生の話を聞いて、ふと心がどこか落ち着いたが、まだ解決していない状況にまたメンタルが落ち込んだ。第三者にそういわれても当事者はそんな理想な夫婦なんてなれていない。そもそも結婚も決まったわけじゃない。碧央が本当に父親かもわからない。気持ちは碧央がいてほしいって素直になれたら言いたい。

「……先生、相談したいことがあるんですけど」
「?? 私で解決することなら―――」
 
 結愛は思わず、及川先生に声をかけて、悩み事を相談した。遺伝子検査で本当の父親を確認したいことを伝えると産婦人科医の先生に相談してみますと答えてくれた。結愛は、少しずつ今ある問題解決に真摯に向き合った。

「遺伝子検査に必要なのは、検査をする方の髪の毛や唾液などの検体が必要ですのでご用意していただけますか」
「はい。わかりました」
 
 結愛は、心が上向きになってきた。碧央ともう一人の疑いのある男性の検体を用意してから父親が誰か確認しないといけない。今やらなければならないことは育児に専念することと父親捜しを同時進行することだった。碧央と喧嘩してからまだ会話をしていない。碧自身がお見舞いに来なくなった。こういう時に本当はそばにいてほしかったが、結愛は素直になれなかった。自分の送ったメッセージがいつ既読になるのかどうかを何度も見返していた。


◆◇◆

 「あーーー、ちくしょーーー」

  スマホのシューティングゲームに夢中になる碧央がいた。人気の『new field』という広いフィールドでオンラインで120人のバトルロワイアルができるゲームだった。義春のアパートでお互いにスマホを見ながら、ゲームを楽しんでいた。テーブルに置いていたコーラのペットボトルを飲み干す。

「碧央、お前、荒れてるんなぁ」
「……はぁ? 敵が強かっただけだし。プロゲーマーでもいたんじゃないの? あと少しでてっぺんとれたのに、第3位って何か腑に落ちないなぁ」
 
 ビーズクッションに体をうずめて寝っ転がった。義春は、マグカップのコーヒーを飲んで呆れていた。

「結愛ちゃんと仲直りしなくていいのかよ?」
「……は?! 誰の話だよ。あー、ちくしょ。今度は負けないぞ」

 ストレスがたまっているのかずっとゲームばかりに夢中になる碧央に義春は現実逃避していることにイライラしてきた。スマホをばっと取り上げる。

「お前なぁ!? 現実しっかり見つめろよ。今でも出産したばかりで結愛ちゃん必死で頑張ってるんだろ? 放っておく気かよ」
「……スマホ、返せよ。あいつが望んでなかったら、俺のいる意味ないだろ」
「望んでるに決まってるだろ。なんで、結愛ちゃんの気持ち考えてあげられないわけ。今は、不安になってるんだぞ。お前が父親になるんじゃなかったのかよ!?」
「なりたいけど! 俺じゃないかもしれないんだって」
「……碧央が父親じゃないってこと?」
「うん。そう、言われた」
「嘘、だろ。え、待って……結愛ちゃんってそういう人?」
「いいから!! マジで返せって。今はこのゲームが俺の拠り所なんだって」

 碧央は、スマホを取り返し、ゲームの続きをやった。義春は、結愛の性格がまさかそんなと想像してイメージと違うことにショックを覚えていた。

「見た目で人を判断するなよ、義春」
「……お前に言われたかねーよ!」

 外で街の放送が流れている。カラスが鳴いた。モヤモヤした気持ちを残したまま今日も一日が終わっていく。