空き缶が転がる石畳の上をポケットに手を突っ込んで歩いていると、向こう側から結愛が走って向かってくる。まさか、抱き着いてくるのかと手を広げて待っていると、案の定、本当に抱き着いてきたため、想像以上の力に負けて、倒れてしまった。

「あ、大丈夫?」

 地面に散らばった落ち葉がひらひらと飛んだ。黄色いイチョウの葉と赤い桜の葉が重なって、絵画のように綺麗だった。碧央は、上半身を起こすと頭に葉がついていた。

「俺は頑丈だから大丈夫だよ。なんで、走って向かって来たの?」
「いいじゃん。何となくしがみつきたくなったから」

 あぐらをかいた足の中に結愛はすぽっと入っていた。碧央はまんざらでもない顔をして、頬を赤くしていた。葉と同じになっている。

「俺も秋の仕様だな」
「えー。何それ」
「んで、バイトは? 終わったの?」
「うん。早退してきた」
「なんで? 具合悪いの?」
「……ううん。何となく。帰りたくなった」
「え、そんな理由で帰れるの?」
「まぁ、私は助っ人で入っただけだし、できるところまででいいって店長に言われた」
「…………そっか。ヨシヨシ」

 碧央は街路樹が並ぶ通路でぺたんとあぐらで座ったまま、結愛を体に包むように座らせて、頭を撫でた。

「なんで、撫でるのぉ」

 そう言いながらもどこか嬉しそうな結愛。

「頑張ったっしょ。お疲れ様」
「でも、結構、ハズイんだけど……知らない人に見られてるから」
「た、確かに……」

 仕切り直して、2人はその場を立ち上がった。結愛は自然の流れで碧央の腕にしがみついた。                               

「何か、食べに行く?」
「おやつの時間!」
「んー、あんみつ食べたい」
「よっしゃ、んじゃ、あんみつ食いに行こう」
「うん」

 だんだんと彼氏彼女らしい行動が自然とできるようになってきた。まだ結愛のミステリアスな謎の部分は明かされてないが、今だけは幸せをかみしめていたい。

「結愛?」
「ん?」
「好き」
「えー?」
「嫌だ?」
「ううん。嫌じゃないけど」
「結愛は? 俺の事どう思うの?」
「うん」
「え?」
「うん、そのまま」
「なんで言ってよ」
「言えない」
 
結愛は顔を真っ赤にさせて、腕にしがみついていた手を離して逃げていく。

「あ。待てよ」
「捕まらないよーだ」

 突然始まるカップル鬼ごっこ。結愛が先に歩道橋をのぼりはじめる。普段運動をしない2人は息が上がっている。

「いや、本当に勘弁して」
「息上がりすぎだから」
「まさか、この年になって鬼ごっこするなんて思わなかった」
「だよね、俺も思わないわ」

 碧央は息を上がりつつも、結愛をぎゅっと抱きしめた。鬼ごっこは終了する。

「捕まえた!」
「捕まった」

 バックハグで捕まった結愛ははにかんだ。歩道橋の上、夕日がビルとビル真ん中に沈むのが見える。いつも立ち止まって見ない景色は今日は綺麗に見えた。

「このまま時間が止まってしまったらいいのになぁ」
 
 結愛はボソッとつぶやく。車のクラクションが激しくなり、サイレンも響く。こんな都会の喧騒の中で本当にいいのかと碧央は疑問に思う。

「なんでそう思うの?」
「碧央と一緒にいるからかな」
「そう?」
「できることならずっといたいけどね……」

 だんだんと小さい声になるのを聞き逃さなかった。碧央は聞こえないふりして、ずっと結愛と夕日を見つめていた。この瞬間を逃してはいけないんだなと確信した。夕日に照らされたカラスが2羽飛んでいくのが見えた。