リビングにぽつんと座る結愛を横目にチラチラと見ながら、碧央はキッチンで料理をし始めた。いい匂いが部屋中に漂っていても結愛は、気にせず、スマホ画面をずっとつけて、さらにテレビもついていた。都内で事件が起きたというニュースが流れていても気にしていなかった。

「ねぇ、結愛って好き嫌いあるの?」
「…………」
 ずっとスマホ画面を見ていて、こちらの声が聞こえていないようだった。右手にお玉に左手に皿を持ちながら、結愛の後ろに立ち、スマホを覗いてみた。鼻息に気づいた結愛は、大きな声で反応する。

「わぁ?! びっくりした」
 スマホに表示していた画面はいつも使うマッチングアプリの画面だったため、碧央に会ってるのに迂闊だったと慌てて、スマホを隠そうとしたが、遅かった。

「なんで、付き合ってるのにさ、彼氏探そうとしてるん?」
「……え、見た?」
「見えたよぉ。だって、俺と会ったきっかけの『touch(タッチ)』使ってるじゃん。まぁ、俺もまだ消してないけど、アプリ。可愛い子いるもんね。接触したのは結愛だけだけど……」
「信じられない。本当は碧央も他に彼女いるんじゃないの?」
「《《も》》ってどういうこと?」
「あ……」

 結愛をじーと見つめる碧央は、遊んでいる。マッチングアプリを使っている時点でそういう人なんだろうなと思いながら、付き合っている。彼氏として正式に選ばれただけでも嬉しいって感じていた。言ってしまったという顔をして、口をおさえる結愛だった。

 キッチンに戻りながら

「大丈夫だって。俺は寛容だから。ちょっとカマかけてみただけ……でもさ、少しくらい妬かないとさ、彼氏彼女っぽくないっしょ?」
「…………」

 自分に嘘をつくのは嫌だと思い、腹を内をなるべく出すようにしていたが、結愛には響かなかった。ミステリアスな雰囲気が逆に燃えた。全然今までの彼女みたいにガツガツに興味がない。むしろ、それが魅力的だった。

「まぁ、いいや。ほら、オムライス作ったからさ。結愛はケチャップ? ソース?」
「……デミグラスソース」
「マジで?!」
「ダメだった?」
「いや、俺もデミグラスソースが一番好きなんよ! だから、缶のレトルトソース買ってたんだわ」

 目をキラキラしながら、スーパーで買って来たソースを見せつけた。結愛は冷や汗をかきながら、ガンガン顔を近づけてくる碧央から上半身をのけぞった。

「ちょ、顔近い!!」
「あ、悪い悪い。あまりにも好みが一緒だったことに嬉しくてさ。今準備するから、待ってて」
 
このまま顔を近づけてキスでもされるのかと思ったら、何もされないことにむしろ拍子抜けする結愛だった。碧央はご機嫌に鼻歌を歌いながら、キッチンでお皿に乗せたオムライスにデミグラスソースをかけた。マグカップにはコンソメスープを入れた。

「はい、碧央キッチンへようこそ。特製オムライスランチプレートのできあがりです!」
 
 トレイには、オムライスの皿とマグカップのスープ、サラダまでついていた。まるで、レストランのランチプレートだった。

「ねぇ、飲み物ってさ。ミルクティでいいの?」
「あ、え。うん。んじゃ、それで」

 結愛はまさか男性により、上げ膳で食事ができることに心が躍った。好きな飲み物まで把握されている。ほくほくしてくる。

「フルコースでお待たせしました! んじゃ、食べよっか」
「いただきます」
 
 手を合わせて、丁寧に挨拶すると、スプーンを持ってオムライスに手をつけた。碧央は終始結愛の食べる姿が気になってずっと見ていた。それだけで満足していた。

「碧央、食べないの?」
「後で食べるよ。今は結愛見てるだけで満たされるんだ」
「……キモ」
「俺は何言われても平気。俺はこれで幸せなんだわ」
「ふーん」

 碧央は、頬杖をつきながら、ずっとパクパク食べている結愛を見ていた。オムライスも思いがけず想像以上に美味しくて、まんざらでもない結愛だった。