3-1.引水舞を元にしたニュースポーツ「ドローイング」の考案と普及活動

3-1-1.実施に至る経緯

前項のような経緯で事業活動保護広報という職務が生まれたため、本活動で最初に取り組むこととなった課題は、「引水舞を社員や伊呂金町の住民以外に実施させる」というものであった。
当時は舞手となることのみが事案の当事者となる必要条件であるかは不明であったものの、重要な要件であることはここまでの経緯より明らかであるとみなされていた。
そのため、地域の外で舞を実施させることで町内での事案発生を避けつつ、鉱山内での事故リスクを低減しようという試みが計画されることなったのである。

3-1-2.施策内容

この目標を達成するべく、まずはじめに、引水舞の芦口市文化遺産への登録申請を行った。そもそも歴史のある伝統行事であったことと、現代まで残る宗教儀礼としては珍しい形態をしているという訴求要素もあったことから、こちらの認定に関してはさしたる問題は発生しなかった。登録の認定により、引水舞の社会的価値が公に認められる形となり、保全継承活動として認知拡大活動を実施する大義を得ることができた。

続いて引水舞をはじめとする伊呂金町の文化の周知活動を行う団体として、一般社団法人伊呂金文化振興会を立ち上げた。直接の普及活動は本会が行い、それを当社が後援するという形式をとった。これにより柔軟かつ即応的に普及を推進することが可能になった。また、本振興会は、後述の施策3において本活動で利用したメディアの運営元ともなっている。普及活動の主体が当社であることが若干ながら不明瞭になることも、疑惑の発生リスクの低減という意味では重要な役割であるといえる。

文化遺産登録と併せて、芦口市教育委員会に対し、市内の小中学校を対象に引水舞の体験会を出前授業として実施する旨を打診した。これは、当社の関係者以外に舞を実施させる手段として継続的に実行可能なものをこの他に想定することが困難であったためである。
何らかの催事などで体験会を単発的に実施する場合、当社の人員が指導役として舞手に加わる必要が出てくる。これでは、その指導役が秋祭りで舞手となるのと同様のリスクが生じてしまう。
出前授業での体験であれば、指導役は口頭での説明や部分的な動きの補足のみを行うだけでよく、児童・生徒のみで引水舞を実施することが可能となる。このような条件を満たすのは、出前授業という形式以外では実現困難であると考えられた。

しかし、それを意図して授業内容を設定してもなお引水舞の手順をレクチャーするのは難しく、教育委員会からも、振興会主催の演舞の鑑賞と由来や内容の解説といった授業形式に改めることを提案されることとなる。この形式は当然前述のリスクを考慮すれば許容できない。

そこで、引水舞の基本的な動きを元により多人数が参加できる形式のアクティビティを考案し、これに「ドローイング」と名をつけてニュースポーツとして普及活動を行うこととした。
さらに、これに伴って出前授業を二部構成とし、前半ではドローイングの体験を、希望する学校のみを対象とした後半では引水舞を実際に体験する、という形への再編を実施した。
これは、「動きを一気に説明するためには職員の実演が必須になるが、基本的な動きを身につけたのちに正規の手順で儀式を実施してもらうという過程を踏めば、児童自らが自然に引水舞を演舞できるようになるのではないか」という狙いから取られた形式である。

この形式で再度教育委員会に申請を行ったところ認定が下り、09年より芦口市内の小学校を対象に体験会を実施することになった。(別添資料1)
また、伝統行事を元にしたニュースポーツという物珍しさからかポジティブな注目を集めることとなり、芦口市外の小学校や県外の学校・福祉施設からも問い合わせを受けるようになった。

3-1-3. 実績

2023年度までに市内外合わせて33の施設で計51回引水舞を実施することに成功した。(ドローイングの体験のみ行った施設は57施設にのぼる。)

また、この施策は本来の目的に対しても確かに効果を発揮していた。
08年から14年の間、鉱山内での事故と町内での事案はともに1件も発生していない。
一方、それと入れ替わるように芦口市内では10年に1件、12年と14年にそれぞれ2件、事案と思われる事象が発生するようになった。町外の住民に引水舞の「機能」を担わせるという試みは、おおむね成功したと考えてよいといえる。
また、これらの事案の対象者となったのは全て、出前授業の後半までを体験した学校に通う児童であった。
これにより、引水舞を模倣した動作のみの実施では十分な効果が発揮されず、事案の対象者として選ばれるための要件は、実際に引水舞の舞手となって演舞を実施することである、ということが確かめられた結果となる。

ただし、これらの事案が相次いで発生したことで、14年12月に広報部長がこの施策への懸念を示すようになる。このままこの施策を継続し、市内の小学生が立て続けに事案の対象となれば、再び何らかの法則性をマスメディアが探し始めるかもしれないという趣旨のものである。
特に病歴のない幼児や児童の突発的な急性心不全での死亡はけして例がないものではないものの、6年で5人という発生数は人口比を考えれば多すぎる。また、今後も継続して発生し続ければ、何か不自然な点があることを疑われてもおかしくはない。
そうした場合に引水舞の体験授業との関連性が疑義の俎上に上がるかは定かではないものの、看過できるリスクとは言い難い。

こうした考えから、15年以降の事業活動保護広報は、ドローイングの普及活動を全国的な展開を目指して継続しつつ、市内小学生が事案の対象者として選ばれる可能性を下げることが出来るような別の施策を検討していく運びとなった。

3-1-4. 備考

・ルール改訂案について
現状のドローイングでは、ボーラーはバスケットを背負い、その中に入れたボールを落とされないように注意しながらプレイすることとなっているが、これは本来、必ずしもこの形式である必要性はない。
このバスケットとボールは①ボーラーの交代を発生させる、②ボーラーが誰であるかを示すという2つの役割を持っている。このうち①については他のプレイヤーと同様フラッグの取り合いで十分に表現できるし、②については実際にはそこまで必要がない。ゲーム中は常に1人しかボーラーがいないためである。なので、単にこの要素を取り払ってしまっても成立するルールになっている。
にもかかわらず現状こうしたルールとなっているのは、ドローイングのルール策定時にはまだ、引水舞を模した動きが事案の対象者を定める効果を発揮する可能性が考慮されていたためである。

言うまでもなく、ボールとバスケットは引水舞における熟柿や柘榴と籠の役割を表現している。何度か変遷のある引水舞の手順の中でもこの「持っている果実を落とすと鬼が交代する」という部分は最初の文献への登場以来常に引き継がれており、儀式として何らかの重要な意味を持っているのではないかと考えられていた。そうした理由から、ドローイングのルール策定時にもこうした動きをスポーツの範囲で模して組み込むことが意図されてこのような形に落ち着いたという経緯がある。
現在ではドローイングのみを実施しても効果は期待できないことが確かめられているため、このボールとバスケットを廃止する形でのルール調整が検討されている。

ドローイング単体での普及を考えた場合にバスケットを使用せずに済むことの利点は大きく、用具の製造コストの低減とルールの簡素化による普及の容易化が期待できる。ドローイングがより多くの層に知られるスポーツとなれば、その分伊呂金地区や引水舞について知る人数も増えることが期待でき、より普及しやすい形になることは結果的に本活動の本来の目的にも沿うものであると考えられる。

一方で、ドローイングの体験後に引水舞の実演までをセットで行う場合には、先に籠を模したバスケットを使用している方がむしろ後半でスムーズに実演まで進めることができる。
現在は市内小学校での引水舞の実演は中止しているものの、今後のさらなるドローイングの知名度拡大などに伴って異なる形で後半部分を実施する普及活動を展開する可能性もある。
そのような場合にはバスケットを利用する方が好都合であり、この点は現行ルールの長所であるといえる。

本案件の検討に際しては、今後のドローイングの普及方針も踏まえた慎重な議論が求められることとなる。ドローイング自体、今後も引水舞との関連性を薄めてニュースポーツとしての性質を強めていくのであれば、その普及活動に関しては本業務の領分を超えるものとなることが予測される。