「まぁまぁ……大丈夫だから、顔を上げて頂戴?」

「はっ! 謹んで顔を上げさせて頂きます!」

 キリッと顔を上げる。
 すると、微笑んだ女神様が僕の手を取った。
 女神様の左手と僕の右手が、重なっている。

「挨拶が遅れたわね。私は結婚を司る女神にして、オリュンポス十二神・最高女神ヘーラー(ヘラ)よ」

 ヤバい、綺麗でドキドキする。

「………………ぼ、僕は陽翔です」

「ふふっ……大丈夫よ、貴方の名前は知ってるわ。それじゃあ早速、プレゼントを上げようかしら」

 女神様は右手で指を鳴らすと、黒・銀・金の合計三つの指輪を、宙に権限させた。
 その中の黒の指輪を取ると、僕の右手の人差し指に、優しく嵌める。

「これは、魔術の神輪(ヘカテイア)。大気中にある魔素ってエネルギーを吸収して操れるし、格下なら魔力を使って死の呪いを与えることが出来るの。一回だけだけど、格上にも使えるわ」

 魔素や魔力と言うワード的に、魔法系だろうか?
 そして、格下に死の呪いを与えられ、一回だけなら格上にも通用すると……ふむ。

「分かりました」

 女神様はコクリと頷くと、僕の右手の中指に、銀の指輪を優しく嵌める。

「これは、使役の神輪(ソロモン)。グレースには全部で十二階層あるダンジョンって塔があって、一階層毎にエリアボスって言う強敵が居るの。そのエリアボスを貴方と仲間が倒すことで、この指輪に封印することが出来るわ。封印したエリアボスを解放することも出来るけれど、封印を一度解放すると、この指輪は使えなくなるの。だから、一回だけの切り札だと思って頂戴ね」

 十二階層あるダンジョンにエリアボス。
 そして、エリアボスを倒すことで封印し、それを解放することが出来る。
 だけどそれは一回限りの切り札で、一度使ったら指輪そのものが使え無くなる為、使い所は大切と……ふむ。

「分かりました」

 女神様はコクリと頷くと、僕の右手の薬指に、金の指輪を優しく嵌める。

「これは、権威の神輪(ヘラ)。私の魔力で作った指輪よ。んー……これに関してはそうね、その内分かるわ!」

 なるほど、これは女神様の魔力で作った指輪で、その能力はその内分かる、と……ふむ。

「分かり……って、最後だけ雑!?」

「あらあらまぁまぁ……そーゆーこともあるわよ。まぁ、強いて言えばそうね……」

 僕のツッコミに困り眉な女神様は、指に嵌っている金の指輪に人差し指で触れ、イタズラな笑みを浮かべた。

「これを、私の馬鹿夫に見せたら……ふふっ。何か、起こるかもしれないわね?」

「馬鹿、夫?」

「そう、あんなの馬鹿夫よ! あの人ったら、浮気ばっかりするんだもの! だから、私が作った異世界の監獄にぶち込んでやったわ!!」

「もしかして、それが……?」

「ダンジョンね」

「…………おっふ」

 どうやら女神様の夫婦喧嘩で出来た産物を、僕は攻略しに行くらしい……。
 規模がデカすぎて、常人な僕には理解し難い領域だ。
 
(ん? そー言えば……僕が世界を救うみたいなことを女神様は言ってたけど、アレってどう言うことだろ?)

「それはねぇ、今貴方に言うことは出来ないのよ……ゴメンなさいね?」

 また僕の思考と会話した……。
 まぁ、もう慣れたけどさ……。

「分かりました……そう言うことなら、大丈夫です。頑張って足掻いてみせます…………」

 四年後に滅ぶ世界を救う自信なんぞ無い。
 しかし、死にゲーに転生よりかはマシだ。

 弱々しく言った僕の頭に、何か感触が伝わる。
 何処か温かくて心地よい、そんな優しい感触。
 それは女神様の手で……まるで、お母さんに撫でられているかの様だ。
 
「陽翔……貴方がダンジョンの最上階層に居る馬鹿夫を倒し、見事、世界を救うことを期待しておりますわ。大丈夫ですよ、貴方は独りじゃない……。きっと、頼れる仲間が沢山出来ますわ」

 女神様は僕の頭を撫でて微笑んだ。
 ついさっき会ったばかりの関係なのに、今までずっと、この温もりに包まれていた様な……。
 そんな、優しい魔法に掛けられてる様だった。

「はいっ!!」

「良い返事です。それでは、健闘を祈りますわね……」

 女神様が慈悲の眼差しで言うと、周りに光が舞い、僕の視界が徐々に薄れていった。

(こんな僕でも人の役に……立ち、たい…………)
 
 やがて僕の視界が暗闇に染まると、一言、たった一言の微かな願いが聞こえた。

「あの()を、宜しくお願いしますね……」

◆◆◆

 暗闇に溺れ、身体が沈んでいく。
 辺りは無で、光も音も何も無い。
 そんな空間を、暫く沈んでいた。
 
 何秒? 何分? 何時間?
 ──分からない。
 分からない位に沈んでいる。

 ぶっちゃけ、滅茶苦茶恐い。
 暗闇の中で独りだけの孤独とその恐怖は、まるで、小さい頃に想像した死後の世界だ。

 恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い…………
 
 締め付ける様な恐怖が、心を蝕んでいるときだった。
 突如として、色々な情報が、まるで飛瀑の様な勢いで脳内に入って来たのだ。

 例えば世界、例えば歴史、例えば言語。

 そういった情報が次々と、間断なく僕の脳内に割って入って来たのだ。
 頭が痛かった、痛すぎて死ぬかと、本気でそう思った。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…………

 恐怖が痛みに変換された、長い暗闇の沈溺。
 そんな闇の末に僕は、──異世界転生をしていた。

◆◆◆
 
 僕が女神様に転生させられた場所はそう、戦場だった。
 青い炎が、辺り照らし。血と肉の焦げた臭いが、鼻腔の奥を刺激し。──首だけの生物が襲って来る戦場。
 首だけの生物は全体的に青く、ギロリとした鋭い赤い目が特徴と言えるだろう。

 その容貌は、キショいを越えて恐い。
 化け物の目には確かな殺気があり、その牙を剥き出しにしている。
 だけど、そんな化け物が僕に肉薄している現状だけど、僕の頭は何故か冷静だ。
 
 ──何か、大丈夫な気がする。
 
 右手の薬指から、得体の知れない力を感じる。
 確信の無い自信が力へと変換され、心ともなく、僕の左手は化け物の頭を握っていた。
 化け物は、頭を握られたことで大人しくなった。
 その為、冷静な僕は冷静に、部屋とも呼べる戦場を見回すことにした。

 まずは、この化け物。
 ──やっぱり、見た目が恐い。
 続いて、ボロボロに倒れている人達。
 ──死んでは無いと思いたい。

 徐々に視線を動かした末に……
 僕は、──運命の出逢いをした。
 
(『推し(リオン)』が居る…………)

 そうだ、僕の真後ろにリオンが居たのだ。
 いや……リオンはアニメのキャラだから、正確にはリオンそっくりの女性だけど……。
 まぁ、それでも……推しに似ている彼女に、運命を感じたのは確かなのだ。

 そんな彼女は今……
 綺麗な白髪は肩まであり、土に汚れている。
 美しい顔は怒りに満ちて、血に塗れている。
 ボロボロの体を剣で支え、膝をついている。
 
 しかし、それらの情報は……
 僕の頭には、入って来なかった。

 何故ならそれは、今の僕の頭が……
「好き」と言う感情で、一杯だったからだ。
 
 凛々しい顔立ちが好きだ。
 綺麗な緋色の瞳が好きだ。
 サラサラとした白髪が好きだ。
 彼女と言う存在全てが好きだ。

 好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ…………

 僕は家族以外の三次元の女性が、苦手な筈なのだ。
 それがどうだ、死んでからと言うもの、女性を見てドキドキすることが多いではないか。
 ヘラ様の方はラブじゃなくてライクだが、彼女に関しては火を見るより明らかなラブだ。

 なんだ、何なのだこの気持ちは……。
 どうしてこうも胸を締め付けられるのだ?
 解らない……判らない……わから、な……

 ん? いや待てよ、聞いたことがあるぞ。
 僕には縁の無かったものだが、コレ……
 いわゆる、一目惚れってヤツなのでは?

 そうか……確かに今までは、恋をした経験が幼稚園の先生しか無い。
 だからこそ、恋の経験が薄いからこそ、この様な締め付けられる気持ちになるのか……。

 取り敢えず彼女に……
 ──カッコイイところを見せなきゃ。
 
 この世界の大前提(常識)として、前の世界と完全に違うことが幾つか存在する。
 その中で特に大事だと感じたのが、『言霊』の存在。
 言霊とはそれ即ち、──言葉の持つ力である。
 言葉に魔力と言う摩訶不思議な力を合わせることで、その言葉の持つ力を権限させるのだ。
 ならばこそ、ヘラ様から貰った、一見すると何の変哲も無い指輪の本質を解き放つのも、言霊が必要となるのだ。

「神器解放・魔術の神輪(ヘカテイア)

 化け物の頭を握っている手にジリジリと力が入り、赤い目からは赤い血が、青の鱗からは紫の体液が溢れた。
 指輪からはその本質を解放したことで、神々しい光を発するのと共に、辺りの魔素を吸収し風を巻き起こした。

 化け物は何をするでも無く、ただ唖然としている。
 
 やがて……
 指輪が発していた光が収まった。
 辺りを舞い上がっていた強風が止んだ。
 そして同時に指輪がその準備を終えた。

 その瞬間……
 たった二文字の言霊を、化け物へとぶつける。

「死ね」

 言葉とは、凶器である。
 魔法が無くとも、人を言葉で殺すことが出来る。
 ──お前キモイから死ねよ。
 ──お前ブスだから整形すれば?
 ──お前の存在がキショいから消えてくんね?
 ──誰お前?話しかけないでくれねー?WWW
 そんな言葉を日頃から掛ければ、掛けられた側は心を病ませて、その言霊によって間接的に死ぬこともある。
 
 しかし、今回の件は間接的じゃないのだ。
 何も無くても相手を殺しかねない言霊の力を、魔力と言う未知の力と合わせることで、直接的に殺したのだ。

『………………………………』

 化け物はやがて、死の呪いによって朽ち果てた。
 そんな儚い瞬間を看取った僕は、後ろに居る彼女に安心させるべく、優しく微笑む。

「もう大丈夫だよ」

 先程までは、張り詰めた険しい顔だった。
 しかし今は何処か安心している様な、そんな、愛おしい表情をしていた。
 彼女は張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、その意識を手放し、僕の胸の中で安らかな眠りへとつく。

「よく頑張ったね。ゆっくり、休んでね……」

 眠りについた彼女からは、温かな涙が溢れ……。
 右手の中指に嵌っている使役の神輪(ソロモン)は、一瞬だけ微かな光を放ったのだった。
 
―――

【世界観ちょい足しコーナー】

○陽翔は転生する際に、暗闇に大体一週間位いました。

○一見「死の呪い」が最強に見えますが、ヘラ様がこの状況を読んで仕込んだズル中のズル(チート中のチート)なので、同じチートはチートでも、死の呪いは比較的使いづらくあまり活躍しません。

○ヘラは出産も司っており、二人が居た部屋はラブホをイメージした部屋です。しかしヘラ様はね、全男性が羨む超一途な女神様なのでね、変なことはありません。

【ヘラ様紹介コーナー!!】

ヘラ様を平たく言えば、家庭を司る最高女神様!!
そして、財布と家事(家庭)を司る存在と言えばお母さんですよね?と、言うことはつまり……そう!全人類のママと言っても過言では無いのですよ!!ですので僕達は、ヘラ様の前ではオギャルしかありません。なのでヘラ様にはね、誠心誠意でオギャリましょう。オギャー!オギャー!ヘラ様のミルキーウェイを飲むでちゅー!
(っ・д・)≡⊃)3゚)∵ぶぇっふぇ(読者様お怒りパンチ)

※ミルキーウェイ:日本語訳・天の川
ヘラの母乳が夜空に散って出来た道とされているため、天の川は英語でミルキーウェイと呼びます。