私達が部屋の中に入ると、青の炎が部屋全体に灯り、エリアボスがその正体を顕にする。
そのエリアボスの正体とは、──九つの首を持つ、竜であったのだ。
全身を覆っている青の鱗に、ギロリとした赤い目。
その恐ろしさに冷や汗を垂らすと、九つの首を持つ竜は咆哮を上げる。
『ク"ル"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"~~─~──ッッッッ!!!』
間断なく鳴り響く咆哮。
部屋が地響きを起こし、世界が揺れる。
私達は耳を抑え、踏ん張るようにして耐える。
「みんな、大丈夫か?!」
私は振り返って、仲間の安否を確認した。
「頭に響くのう……」
──顔色を悪くしながら、頭を抑えるアルテミス。
「やばいです、吐きそうです……うぉえええ……」
──口を抑えていたものの、結局吐いたプロメテウス。
「汚っ!? ……はぁ、俺は何とか大丈夫っす」
──顔色を悪くしながらも、元気そうなアキレウス。
「ワシは余裕じゃな」
──余裕綽々な、ヘファイストス。
アキレウスとヘファイストスは、大丈夫そうだ。
しかし、耳が良いエルフのアルテミスと、身体の弱いプロメテウスは顔色を悪くしている。
『─ー~~─ー─~ーッッッッ!!!!』
もう十数秒経ったというのに、未だに、間断なく咆哮が鳴り響いている。
「仕方ないのお……どれ、守ってやるわい」
私が頭を悩ませていると、ヘファイストスが弱っている二人の方へと歩を進めた。
二人の元まで着いたヘファイストスは、その背中に優しく手を添え、『魔法』を唱える。
「治癒魔法」
淡い橙色の光が、二人の身体を包み込んでいく。
その光の正体は、土の『精霊』だ。
精霊とは、大気中に在る『魔素』が集合体を作り、個としての自我を持った存在である。
精霊の持つ力は森羅万象そのものであり、契約することで、多大なる恩恵を得られるのだ。
しかし、そんな精霊と契約するには、精霊に好かれることが大前提である。
そして、精霊に好かれるかどうかは、その者の運命次第。
特に、土の精霊はドワーフにしか懐かなく、風の精霊はエルフにしか懐かない運命にあるのだ。
しかし、ヘファイストスはドワーフである。
そのため、契約した土の精霊を介して、直接的に治癒魔法『ヒギエイア』を使用したのだ。
ヒギエイアを受けた二人は、外部から送られた魔力によって体調が絆され、体制を取り戻すことが出来た。
「…………大分楽になりました。ヘファイストスさん、ありがとうございます」
「…………余も感謝するぞ、ヘファイストス」
「なに。このくらい、礼にも及ばんよ。ワシらは仲間じゃからのお」
ヘファイストスは二人の頭を、そっと、優しく撫でる。
プロメテウスの方は和やかな笑みを浮かべ、アルテミスの方は些か、照れくさそうに頬を赤らめた。
アルテミスは照れ隠しなのか、自分の頭に触れているヘファイストスの手を振り払う。
「余の頭に触れるとは……無礼者…………」
唇を尖らせて俯いた、アルテミスの言葉。
それを潔く受け入れたヘファイストスは、後衛二人の前に出つつ、アルテミスに一言添える。
「ふぉっふぉっふぉ。それはすまない事をしたのお。じゃが、アルテミスが元気になって良かったわい」
「…………戯けが」
小さく呟いたアルテミスの言葉に、ヘファイストスは一瞬だけ口角を上げる。
しかし、直ぐに真面目な表情になると、両手で持った戦斧を下段に構えた。
『─~─ーー~──!!! ……………………』
私達がヒュドラと対峙してから、おおよそ一分。
ヒュドラが咆哮を止めて大人しくなると、私達は自分の耳を解放する。
「………………やっと大人しくなったっすか」
「あぁ……どうやら、牽制の時間は終わったらしい。ここからが勝負だ」
私は鞘から剣を抜くと、前に出て八相に構えた。
すると、アキレウスが無言で私の隣に立ち、両手に持った槍を上段に構える。
(私のライバルは、何とも頼もしいな)
一方でプロメテウスとアルテミスは、それぞれがヘファイストスに守られる立ち位置に居る。
アルテミスは凛とした姿勢で、弓の標準をヒュドラの真ん中に合わせた。
「臨戦態勢完了」
私とアキレウスが前衛、ヘファイストスが中衛、アルテミスとプロメテウスが後衛。
これが、私達五人の役割であり、臨戦態勢だ。
私達の臨戦態勢を見たヒュドラは、ギロリとした赤い目で威嚇しつつ、右から順に私達を確認する。
アキレウス、私、アルテミス、ヘファイストス、プロメテウス。
私達をゆっくりと値踏みしたヒュドラは、その視線をプロメテウスで止めると、喉を膨張させた。
それを確認したアルテミスが、目に緑の光を宿すと、凄い剣幕で指示を出す。
「ブレスが来るぞ! 一斉に退け!!」
アルテミスの言葉で、私達全員が後ろに大きく退く。
禍々しい紫色のブレスは、アルテミスの言葉で先手を打てなければ、何人かは確実に巻き込まれていた。
そのくらいに、広範囲の攻撃だったのだ。
それを避けた私達は入口ギリギリの所で体制を戻し、ヒュドラに対して脅威を感じつつも、睨みを効かせる。
「危ないっすねぇ」
「な、何とか助かったわい……」
足が速いアキレウスは冷や汗をかきつつも、余裕綽々と言った様子。
反対に足の遅いヘファイストスは、目の前に拡散してある毒霧を見てゾッとしていた。
いずれ、先が見えない程に高濃度な毒霧が霧散すると、武器の構えを取り直す。
「反撃するぞ! 首狙いだ!!」
「「「「りょーかい!!」」」」
私とアキレウスが先頭に立ち、ヒュドラへと肉薄。
私達は全速力で、それぞれの間合いへと詰め寄る。
しかし、それを黙って見ているヒュドラではない。
ヒュドラが喉を膨張させると、再度、毒のブレスで攻撃してこようとする。
だが、こちらも相手の攻撃に対して、指を咥えて見るだけの訳が無いのだ。
私達をカバー出来る最大範囲で下がっているヘファイストスの、更に後ろに居る後衛の仲間。
プロメテウスは、右手で前髪を上げる。
「ボク、本気出します」
プロメテウスは右手で前髪を上げると、おっとりしていた目が一瞬でキリッとし、集中状態に入った。
ゾーンと言うのは、プロメテウス特有の体質だ。
何時もは女の子っぽくて無害なプロメテウスだが、前髪を上げることで、人が変わったように攻撃的になる。
ゾーンに入ったプロメテウスは、外部から心臓を叩いて宣言する。
「魔力解放」
魔力解放とは、内なる魔力を解放することである。
体内に眠る膨大な魔力を一気に解放することで、一時的に自己強化が出来るのだ。
プロメテウスの内なる魔力は『火』。
小さな身体から膨大な火の魔力が溢れており、プロメテウスの赤い瞳に業火を宿す。
「神器解放・始火の神鎖」
低い声のプロメテウスが、『選ばれし英雄の武器』を解放した。
部屋中に無数の異空間が現れ、その一つ一つから、業火を纏った鎖が顕現していく。
「縛れ」
プロメテウスは、右手を力強く握った。
業火を纏った無数の鎖が、毒のブレスで攻撃しようとしているヒュドラ目掛け、縦横無尽に飛び回る。
鎖がヒュドラの身体を貫き、ピンク色の肉を燃やす。
鎖がヒュドラの首を絞め、骨ごと肉を引き千切る。
鎖がヒュドラの口から体内に入り、内部から貫く。
縦横無尽に動く鎖がダメージを与える度に、ヒュドラは悲鳴を上げ、攻撃を中断する。
右端の首が二つ跳んだ。
残るヒュドラの首は七つ。
プロメテウスに完全制圧されたヒュドラは、鎖に繋がれたことで身動き一つも取れない様子だ。
もちろん口も縛られているため、ブレスも出来ない。
それを確認したアキレウスが、プロメテウスの方を振り向くと微笑み、サムズアップをする。
「プロメテウス、ナイス! 団長、肉薄するっすよ!!」
「あぁ! 共に畳み掛けるぞ!!」
プロメテウスからヒュドラに視線を戻すと、アキレウスは掛け声を出して加速。
それに私が応えると、ヒュドラへと繋がっている鎖に飛び移り、一直線で肉薄する。
アキレウスは騎士団の中で、一番武力に秀でている。
そしてアキレウスは、力強いドワーフ族であるヘファイストスの次に、力が強くもあるのだ。
が、しかし……アキレウスを形作るのは、天才的な武力の才能でも、力の強さでも無い。
ならば、アキレウスを形作っているものは何か?
その答えとは、音をも超越せしめる、──人間離れた足の速さである。
世界最強と言われている私ですら、アキレウスの足の速さには勝てないのだ。
しかし、そんなプロメテウスの加速に、全く追いつけない訳では無い。
何故ならアキレウスは、まだ、完全なる本気を出してはいないのだから……。
「その首頂戴するっすよ!」
アキレウスは鎖から鎖へと飛び移ると、その反動エネルギーを利用して飛び掛り、ヒュドラの首を槍で貫く。
ヒュドラの首は赤黒い血を吹き出し、落ちていった。
『GYAAAAAAAAAAAA─ー─ーー!!!!!』
左端の首が跳んだ。
残るヒュドラの首は六つ。
(……ふっ、負けられないな)
アキレウスの活躍を横目に確認した私は、闘争心を業火の如くメラメラと燃やした。
それに伴って私は剣の構えを、八相から上段へと一瞬で変更し、全速力で肉薄する。
ヒュドラと目が合った。
殺気の篭った、鋭い赤い目だ。
その瞳には、私が映っていた。
それを確認した私は、足場の鎖を力一杯に踏み込み、右斜め上にある鎖の裏側へと、半回転して飛び移る。
刹那の一瞬、私の頭と地面が向き合った。
「いくぞ」
まだ生きている運動エネルギーを利用し、加速しつつヒュドラの首へと自由落下。
自由落下の最中、私が剣に火の魔力を込めると、剣が火緋色の炎を纏う。
ヒュドラの首とすれ違う、刹那とも言える一瞬。
上段に構えた燃え盛る剣を、縦に回転することで遠心力を入れつつ、振り下ろす。
「ガリアの業火」
『GYAAAAAAAAAAAA─ー─ーー!!!!!』
ヒュドラの悲鳴が部屋中に木霊し、地響きを起こした。
私に切り落とされた左端の首は、二つとも、その肉をガリアの業火に犯されている。
左端三つと右端二つ。
残るヒュドラの首は四つだ。
(よし、残るは四つだけだ)
地面に足が着く瞬間。
膝を使うことで落下の衝撃を和らげた。
地面に剣を突き立て、摩擦で運動を殺す。
──キイィィィイイ!!!!
地面に剣を突き立てたことで、摩擦音が鳴った。
やがて私への圧力が弱ると、ジャンプするように身体を半回転させ、ヒュドラへと視線をもど…………
──ドカンッッッ!!
ヒュドラへと視線を戻そうとした瞬間、私の身体に何かが鞭打ち、その衝撃で壁へと叩き付けられた。
―――
【世界観ちょい足しコーナー】
『五人の戦い方』
対エリアボスの最初の要はプロメテウスで、魔力解放によって強化した神器で敵を消耗させ、相手が弱ったところを全員で一斉攻撃。
対雑魚敵はプロメテウスが神器で一掃か、全員で火力の出る魔法をぶっぱ。後者が多い。
長期戦の可能性もあるため、プロメテウス以外は基本的に魔力解放をエリアボスでもせず、しても神器解放だけ。
『魔素』
▶︎大気中に存在する未知のエネルギー。これを使うには、精霊と契約する必要がある
『魔力』
▶︎あらゆる力を代行、体現しえるもの。これは魔素を変換したエネルギーであり、許容量は個人の才能である。許容量が増加することは無い。しかし、自分の生命力を魔力に変換することは可能
『魔力解放』
▶︎内なる魔力を解放することで、自己強化する。魔力を解放するため、魔力枯渇しやすい。心臓を叩く
『魔法』
▶︎空気中にある魔素を体内に取り入れることで魔力というエネルギーに変換し、それを使用することで森羅万象を引き起こすことが可能。これが魔法である
『神器解放』
▶︎魔力を消費することで、その武器に秘められている能力を解放することである。言わば必殺技。一部例外として、神器解放をしないと、武器そのものが使えない場合もある(例:プロメテウスの鎖とアルテミスの矢)
『精霊』
▶︎魔素が集合体を作り、個としての自我を持った存在。好かれるかどうかは、運命次第。風と土の精霊は、それぞれエルフとドワーフにしか懐かない運命。見えない