フィアナ騎士団の入団式。
 それは・・・主君であるグレース王に、フィアナ騎士団の正式な騎士として、叙任して頂く儀式であり。
 世界を統治せし至高の存在である女神ヘラ様に、騎士としての決意を示す、そんな神聖な儀式でもある。

 そして僕、高橋陽翔十八歳ヒキニートは今。
 ──その儀式の最中に居た。

昨日(さくじつ)ぶりよのぉ、女神の使徒ハルト」

 跪いている僕の目前に居るのは、にこやかな笑顔で眉毛をピクピクさせ、王座に座っているグレース王。
 
 あれー? 何か怒ってらっしゃる?
 いや、大丈夫だ。ここは平常心でいこう。
 きっと、何かの勘違いだろうからな。

「はっ! 昨日ぶりで御座います。また、斯様な神聖な場でお目にかかれましたこと、大変光栄に存じます」

 出来る限り凛々しく、そして謙虚に……。
 言葉を発するときは、王の目を真っ直ぐに見て言う。
 ヨシ、これで大丈夫……。

「そうか……使徒殿にそう申されるとは、王である我とて光栄なことよ。しかし使徒殿、ちと話が変わるのだが。昨晩は我が娘と、夜を一緒にしたと言うのは本当かね?」

『ザワザワ……ザワザワ……』

 ザワザワとした空気感の中で、僕は冷や汗を垂らす。
 
 すううううううう………………。
 これ、確実に死んだやつだな。
 対戦ありがとうございました。
 いや、まだ諦めるには早い!!

 微かな希望を抱いた僕は、エマの方を見るが……。

「おっふ……」
 
 何故か笑顔のエマは、サムズアップをしていた。
 
 いやいやいや何アレ?
 あの世に逝けってサインにしか見えないんだが!?
 ・・・ん? いやちょっと待て!
 エマさんが何か、口パクで言っているぞ?!

 だ、い、じ、ょ、う、ぶ。
 からの、両手で微笑みサムズアップ!
 
 イイネ、いい笑顔だ……。
 うん、いい笑顔……なんだけどね?
 何も大丈夫じゃないんですがソレは!!??

 ・・・いや、待て待て待て待て。
 王が怒ってると思ったのは、僕の勘違いかも知れない。
 ほらゲームとかラノベとかでお姫様はさ、よく主人公と結婚するもんじゃん?
 だから王が怒ってると思ったのも……

「それで使徒殿、答えは如何様に?」

 何かの勘違い・・・な、訳ないですよねっ!!!
 駄目だっ! ココまで来たら肚を決めるしかない!!!
 大丈夫、如何わしいことは何もしてないんだから!!!

「くぁw背drftgyふじこlp;@:「」」

 しまったああああ!!!!
 動揺し過ぎて母国語出ちゃったああああ!!!!
 王様が滅茶苦茶恐い顔をしてるうううう!!!!

『ザワザワザワザワザワザワザワザワ』

 母国語のせいでザワザワが加速したああ!!??
 落ち着け、落ち着くんだ僕!
 そうさ、半年ヒキニートしてたからって何だ!
 世の中には数十年親のスネ齧ってる人がいるんだぞ!
 それに比べたら、半年なんて可愛いもんじゃないか!
 だから出来る、僕は出来る子なんだ!

「すぅ……はぁ……」

 深呼吸をした。
 酸素が血脈を循環するのを感じた。
 やがて、高鳴っていた鼓動は平常に、あれこれツッコミを入れていた脳はクリーンになった。

 もう大丈夫……出来る。
 そう確信したとき、僕は言葉を紡いだ。

「王よ、それには少々の語弊が御座います」

「ほう? その語弊とは、正確にどの部分かね?」

「それは、夜を一緒にした。と、言う所で御座います。理由は不明ですが、私はどうやら、突如として倒れてしまったらしく……。それを心優しきエマ様が、一晩の間看病してくれださったので御座います」

「エマよ、それは誠か?」

 僕の言葉を聞いた王は、他の騎士団員と一緒に横で立っているエマに問いた。
 するとエマは敬礼をし、ハキハキとして答える。

「はっ! 誠に御座います!」

「そうかそうか。流石は我が娘だ……デュフ」

 デュ、デュフ……?

「コホンッ!! それでは騎士団長エマに認められし、選ばれし女神の使徒ハルトよ……そなたは、何の決意を持って騎士と成る?」
 
 それはギャグをしていた人とは思えない、本来あるべき雄々しき王としての声であった。
 何時もの僕なら、きっとビビっていたかも知れない。
 しかし僕は一筋の決意を胸に抱き、王に負けぬ程の雄々しさを持って、ハッキリと言葉を紡ぐのだ。

「私は女神ヘラ様に、ダンジョンの攻略する使命を遣わされた使徒で御座います。さりとて私も、一人の男子(おのこ)……。ですので私は、エマ様を護る騎士と成りましょう。惚れた女子(おなご)を護ることこそ、男子の使命で御座います故」

 すんなりと出てきた、()()()()()言葉。
 何故こんなにエマさんを求めて止まないのか、自分のことの筈なのに全然分からないけれど……。
 ──きっとこれが、運命ってモノだから。

 辺りからは、様々なザワメキが聞こえて来る。
 そんな忙しない空間の中で、エマを横目に見ている。

 照れて顔を赤くしているエマが可愛い……。
 モジモジと指を弄ってるエマが可愛い……。
 ニヤケ面のアキレウスとプロメテウスに、茶々を入れられて恥ずかしそうにしてるエマが可愛い……。

 あぁ……好きだ……。
 そう思う度に、エマのことしか考えられなくなる。
 頭がフワフワとボヤけていて、何だか心地が良い。

 虚ろな目をしている僕が、湧き出て来るエマへの愛情に絆されていると、王の愉快な笑い声が聞こえてきた。

「ガーハッハッハッ!!」

 僕の耳は大声に、ピクリと動く。
 僕の目は衝撃に、光を取り戻す。
 王は自分の脚を叩くと、ニコリと笑う。

「そうか! そなたは女神様の使徒でありながら、我が娘の騎士に成ると王である我に申すか!! 我は、その度胸を気に入ったぞ! よし、それでは叙任を行う!!」

 キリッとした表情の王が王座から立ち上がると、騎士団員全員が凛々しく敬礼をする。

「女神の使徒ハルトよ!」

「はっ!」

「そなたの騎士団入団を許可すると共に、騎士団長エマが率いる最強の部隊への加入を命ずる!! 誉れ高き一人の騎士として、我が愛娘を宜しく頼むぞ、ハルトよ……」

 こうして僕は……
 フィアナ騎士団へと、入団したのだった。