沸き立つは、数十人の歓声。
それは、この地を揺らした。
みなは手をかち上げ、この勝敗に興奮している。
自分達の団長が、見ず知らずの奴に負けたのに、だ。
そこから思うにこの結果は、余程番狂わせらしい。
いや、それもそうか……。自分だって勝てるとは、微塵も思ってなかったのだ。
ならば、他人がそう思う道理など無い。
そして本来この様な場面では、観衆にファンサをするべきなのだろうが、今はそれよりも、するべき事がある。
それは、筋肉の繊維から細胞まで、全てが動けなくなっているエマの呪いを、今直ぐに解除することだ。
「今、解除しますね。解呪」
転生している最中の暗闇で、僕は魔法も習っていた。
だからこそ僕は、やろうと思えば魔法を、幾つか使うことが出来るのだ。
まぁ……僕の魔力が低過ぎて、指輪無しでは魔法を使うことが出来ないが……。
そのため僕は、指輪を通して解呪の魔法を使ったのだ。
呪いが解除され動きを取り戻したエマは、その反動からか尻餅を着き、可愛らしくあんぐりしている。
「エマさん、立てますか?」
「あ、あぁ……ありがとう」
そう言って僕が手を差し伸べると、エマはその手を取って立ち上がり、そっと微笑む。
「ハルトは魔法だけでなく、剣も強いのだなっ!」
僕は今までの人生で、一回も剣を使ったことが無い。
それはもちろん、魔法とて同じことだ。
それなのにエマは、僕のことを強いと言った。
エマが言う強いが本当なのだとすれば、それはこの指輪の力であり僕の力では無いのだ。
しかし僕はこの世界で生きていくために、ズルだろうが何だろうが、強く無くてはならない。
だからこそ僕はエマに、こう言うのだ。
「うへへ……それなら良かったです!」
と、少しの後ろめたさを残しながら……。
だがそんな僕の後ろめたさなど、他の人にとっては何のこともないのだ。
ならばこそ、絶えぬ興奮を抑えきれない観衆は、被曝の如く勢いで、二人の方へと飛び込んでくる。
『凄いね! 姫Tのお兄ちゃん!』
それは、志学もいかないであろう少年の言葉。
その少年も騎士団の制服に身を包み、僕の身体に飛び付いて来ては、ニコリと微笑んでいる。
こんな小さい子も、騎士団に入って戦うのか……。
そう思うと何だか、心が苦しくなる。
しかし僕の気持ちとは裏腹に、辺りからは楽しげにしているみんなからの、賞賛の言葉が聞こえてくるのだ。
『ホントだぜ! まさか団長に勝っちまうとは!』
『あんちゃんの神器もスゲェな!!』
『よっ! 流石は姫Tの使徒!』
何だか複雑だなぁ……。
僕は自分の頬をポリポリとかいた。
しかしそのとき、アキレウス達に囲まれて居たエマが僕の方に駆け寄り、その手を取って言う。
「ハルト。賞賛と言うのは、勝者だけの権利だ。そしてそれを受け取るのは、勝者の義務でもある。ならばこそ、勝者足り得た自分を誇れ。その誇りは何時か、運命に食らいつく鋭い牙へと、変わるのだから……」
勝者足り得た自分を誇れ……。
誇りは運命に食らいつく、鋭い牙へと変わる……。
ハハッ、エマさんには敵わないなぁ……。
──カッコよ過ぎるだろ。
「はいっ!」
「うむ、いい返事だ!」
僕の返答に満足した様子のエマ。
エマはニコリと微笑むと、握っている僕の手を、勢いよく空に向けて挙げたのだった……。
そうして自分の強さを証明した僕は、エマの推薦も合ってフィアナ騎士団へと入団し。
そして・・・今日の夜に王都で行われる、第五階層突破を祝した宴まで、仲間と交流を深めていたのであった。