部屋でハルトと別れた私は、騎士団のみんなの所へ戻ろうとしていた。
「私……どうしてしまったのだろうか。何故かハルトと一緒に居ると、胸がきゅーっと苦しくなる……」
私は胸を抑えた。
しかし胸を抑えてみても、その鼓動は治まらない。
こんな気持ちは、生まれて初めてだ。
凄くドキドキしている……。
「あのときのハルトは、王子様みたいだったなぁ……」
ハルトが私を、ヒュドラから護ってくれたシーン。
あのときの私は疲弊しており、何も考えられなかった。
しかし今になって思い返してみれば、私がピンチのときに颯爽として現れ、その脅威を払うハルトの姿。
それは、小さい頃の私が、お母様によく読んで貰っていた絵本に出てくる、王子様そのものだったのだ。
小さい頃から強かった私ではあるが、女の子として男の子に格好良く助けて貰いたいなと、そう思っていたのだ。
そしてその願いは、齢十八の今日になって、遂に叶うことが出来た。
そう思うと何処か、心がポワポワとしてくる。
「これではまるで、私がハルトに対して、初恋をしているみたいでは無いか……うぅ」
そう言った私が、熱病に火照るその顔を、両手で塞ぎ込んだときだった。
悲痛を訴えてくる様な……そんな、身の毛も弥立つハルトの叫喚が、後ろの方から聞こえてきたのだ。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"~─ーー~~──っっ!!」
「っっっ!!??」
私は走った。走って戻った。
この城の壁は別に薄く無いのだ。
それなのに此処まで聞こえて来るのは、それだけの苦しみに喘いでいることになる。
そして、私がハルトの方へ近づいて行くに連れ、その声量も大きくなり、何かにぶつかる音も聞こえてきた。
「~~ーー───~─ーー~~ーーーっ!!!!」
「何だっ、一体何が起きていると言うのだ!」
ハルトの部屋へと着いた私は、
奥から叫喚が聞こえて来るその扉を開けた。
「…………………………えっ」
扉の先は凄惨的だった。
部屋中がハルトの鮮血で塗れ、鉄の臭いが鼻腔の奥を掠っては離れてくれないし。
自分で壁に頭を打ち付けるハルトは、今までの様な優しかった人相とは違い、血走った目をしているのだ。
私の王子様が苦しんでる……。
私が……私が、王子様を助けなきゃ……。
そう思ったときだ。
激しい既視感に襲われた。
(こんなことが前にも…………)
知ってるであろう記憶。
それを思い出そうとした、そのとき。
──バタッ!
狂乱状態のハルトが床に倒れたのだ。
「ハルトッ!?」
ハルトが倒れた音を聞き、意識が戻った。
(駄目だ、今はそんなことを考えてる暇は無い!)
私は考えるよりも早く、ハルトの元へと向かった。
「大丈夫かハルト!!」
ハルトの頭を腕に抱く。
あぁ……こんなにも体温が……。
でも、大丈夫……大丈夫……。
何がどうなって、何が大丈夫なのか分からない。
しかしこの様なときは、魔法を使えば良いのだ。
ならばこそ、魔法で楽にしてあげなければ……。
「もう大丈夫だっ! 私が今、楽にして…………」
──あげる。そう言い掛けたときだ。
私の手に、柔らかな感触が伝わった。
それは、ハルトの手で。疲弊しているからか、その力は微小なのだけれど、何処か力強かった。
私の手をぎゅっと握ったハルトは、手の力と同じくらいに微小な声で、しかし、私に伝わる様に言う。
「エマ…………ずっと、一緒に居て………………」
そう言ったハルトは、
安らかな眠りにへとついていた。
◆◆◆
ハルトは身体の傷を、眠りながら自己治癒した。
魔法も無しで、しかも寝た状態で傷を癒すとは……。
凄いことではあるのだが、その経緯が経緯なため、手放しで驚け無かった。
どちらかと言えば、困惑の方が大きいだろう。
「何がどうなっているのだ……」
ハルトの手は、私の手を今もなお握っている。
まるで、小さな子どもみたいだ……。
私の腕の中で寝息を立てているハルトを見て、そんな感想を抱きつつ、どうしたものかと頭を悩ませた。
「取り敢えず、ここの部屋から出よう」
そう呟いた私の行動は早かった。
ハルトを抱き抱え。メイドを呼んで、血塗れの部屋を片付けて貰いつつ。隣の部屋に、ハルトを寝かせた。
ハルトを寝かせるときに気づいたことだが、どうやらハルトの衣服は、汚れが自動で綺麗になるらしい。
(ハルトは自動尽くめだな……)
と、そんなことを考えて居ると、他の騎士団のメンバーが急いでやって来た。
血相を変えながらやって来た四人は、安らかに眠っているハルトを見て安心したのか、脱力して座り出した。
そんな四人に私は、事の経緯を話した。
その話を聞いたプロメテウスは、「呪いっぽいよね」と言いつつも。「よく分からない」と、そう言った。
やがて、四人が部屋から出たのを見送った私は、ハルトのあの言葉を思い出し……。
心とも無い私はハルトと、──添い寝をしたのだった。