王との謁見を終えた僕は、フィアナ騎士団の面々と、城の談話室で座りながら話をして居た。

「あのー……エマさん」

「何だ」

「どうして僕のことを睨んでるんですか……」

 談話室に入った途端エマが、僕のことをジト目で睨み付けてくる。
 
 僕、何かしてしまっただろうか……。
 さっきからエマが、すごーく睨んでくる……。
 あぁ……でも、そんな顔も可愛いなぁ……。
 
 男とは好きになった女の顔なら、怒っていても可愛いと思ってしまう様な、悲しき生き物なのである。
 そんな悲しき生き物である僕が、頬を赤く染めながら睨んでくる訳を聞くと、エマがその口を開いた。

「私、ハルトが使徒だって聞いてないんだが?」

「それは余も同じよ。あの場で聞いたときは、口から心臓が飛び出るかと思ったわ」

 あぁ……そう言えば、そうだったかも知れない。
 正直なところ僕は、自分のことを話すよりも、フィアナ騎士団みんなのことを聞きたいのだ。
 だからこそ自分のことは、必要なときや、誰かから聞かれたときにしか答えないし。そもそも、単純に言うのを忘れていた。
 ならばここは、謝るのが誠意と言うものだろう。

「すみません……エマさんとアルテミスさんがダンジョン内で寝ているときに、他の三人には話したんですが……普通に忘れてました……」

 ははは……そう微笑しながら、頬をポリポリとかく僕。
 そんな僕の謝罪を聞いた女性陣二人は、冷や汗をかきながら目を背けてる男性陣三人へと、その視線を向けた。

「ほう? 副団長アキレウス。何か申開きはあるか?」

「滅相も無いっす!!」

 テーブルに頭を打ち付けたアキレウス。

「ヘファイストス。そなたはどうじゃ?」

「滅相も御座いませんじゃ!!」

 テーブルに頭を打ち付けたヘファイストス。

「「プロメテウス?」」

「何でボクは二人から!!??」

 テーブルに頭を打ち付けたプロメテウス。

「えぇ……」

 三人でテーブルに頭を打ち付ける様子を見て、滅茶苦茶ドン引きをしている僕。
 そして、威風堂々とした佇まいの女性陣二人。
 そんな、ギャグとも修羅場とも思えるシーンは、約数秒間続くことになる。
 
 やがて男性陣三人への、女性陣二人から『報連相欠如について』の説教が終わると、エマが溜息を付いた。

「はぁ……すまないハルトよ、この様な情けない姿を見せてしまって」
 
「い、いえ……それにしてもみなさん、僕が女神の使徒だって言っても、全然疑わないですよね……? 僕としては信じて貰えて嬉しいんですけど」

 僕は正真正銘の使徒である。
 しかしそれは、他の人が知る筈無いのだ。
 なのにみんなは、僕が自分のことを『女神の使徒』だと言ったら、直ぐに信じてくれた。
 普通なら、そんなことある訳無いだろうと、疑って掛かるものだと思う。
 だからこそ僕は、気になるこの事実が、頭の奥底で引っかかっていたのだ。
 
 ──みんな信じ過ぎじゃないか?
 そう、心の何処かで不安げに……。
 だがその不安は、エマのたった一言で、掻き消されることになる。

「あぁ、そのことか。それなら簡単だ、指輪だよ」
 
 エマは僕の指輪の一つ。
 権威の指輪(ヘラ)を指差している。

「ん? コレがどうかしたの?」

「ん……? ハルトはソレが見えないのか?」

 疑問に疑問で返されてしまった……。
 はて、エマの言うソレとは何のことだろうか?
 幾ら転生時に色々知ったからと言って、この世界の全てを知った訳では無いのだ。
 だからこそ、僕が知らないことが合っても別に不思議じゃないし。逆に知らないことが無い方が、怖くすらある。
 知らないことは、素直に知らないって言おう……。

「はい……ただの指輪にしか見えません……」

 指輪を見ながら「見えない」と、そう言うと。
 綺麗な白肌にタンコブが出来ているアキレウスが、絵に描いた様なポーズで、その驚きを顕にした。

「えぇー! マジで見えないんすか!? その魔力!!」

「ねーっ! 凄い魔力だよね! ボクと団長のより、ふたまわりくらい濃いよ!!」

「・・・魔力?」

「なんじゃ? お主、魔力も知らぬのか?」

 魔力とは何だろうか……。
 いや……正確には魔力は知っているのだが。
 この指輪と魔力の関係性…………あっ!!!

「どうした? そんな、ハッとした表情をして」

「もしかしてこれ……ヘラ様の魔力では?」

「「「「「……………………っ!!」」」」」

 怖々と言った言葉。
 その言葉を聞いた五人は、口を開けて唖然とし。
 何かを理解したアキレウスが、僕に迫って来た。

「マジっすか!?」

「マジ……」

 僕の両肩を、アキレウスの両手が掴んでおり、ぎゅっとしているからか、割かし痛い。
 僕のことを真剣に見詰めるアキレウス。
 そんなアキレウスに僕が苦笑いしていると、エマが割って入って来て、同じく肩を手で掴んだ。

「ヘラ様の魔力とは、そそそそ、それはどーゆー!?」

「え、えぇーっと……簡単に言うとコレ。ヘラ様の魔力で作った指輪なんだよ」

「そ、それはホントか!!」

 まるで、少年の様に燥ぐヘファイストスさん。
 そして、更に唖然とした表情をしている四人。
 この差は何て言うか、凄く異様だ……。
 そんな異様な光景に僕がクスッと笑うと、目を輝かせたヘファイストスさんが、僕の手を取って指輪を見た。

「凄いのお……凄いのお……なぁハルトよ……これ、ワシが分解して良いか?」

 凄く純粋無垢な目をしてる……。
 コレを断ることは、日本人の僕には出来、な……

「やめんか戯け!!」

「いだっ!!」

 あっ……アルテミスさんが、ヘファイストスさんにゲンコツをした……。凄く痛そう……。

「うわー……痛そうっすね……」

「そうだね……」

 痛そうが過ぎて、ゲンコツされて無いアキレウスとプロメテウスが、自分の頭を手で抑えている。
 その姿は何処か滑稽でありながらも、アルテミスさんの強さを表している、脅威のポーズでもあるのだ。
 そんなポーズをしている二人を横目で見つつ、頭を抑えてしゃがんでいるヘファイストスさんを心配した。
 
「大丈夫ですか?」

「くぅーっ……アルテミスのゲンコツは効くのお……おかげで頭が冷えたわい。アルテミス、ありがとうのお」

「ふんっ、余に打たれたことを光栄に思え戯け」

「それで、ヘファイストスさん大丈夫なんですか?」

「あぁ、ワシは大丈夫じゃよ。ハルトよ、心配してくれてありがとうのお……」

 そう言ったヘファイストスさんは、僕の頭をそっと優しく撫でると、アルテミスさんの手を取った。

「なっ!? 何をするヘファイストス! よよよ……余の手を取るなど!!」

「そう言うなアルテミス……お主の綺麗な手を、こんなに赤く腫らしてよぉ……大丈夫じゃないのはお主の方じゃ」

「……っ!?」

「今治すからのお……治癒魔法(ヒギエイア)

 ヘファイストスさんが魔法を唱えると、辺りを柔い光が照らしだし、魔法の効力を発揮する。
 
「お主の手はワシと違って綺麗なんじゃ……ワシの為に、そう無下にするもんじゃないわい」

「ふっ……ふんっ! 別に無下になどしておらぬわ! どうせ直ぐに、何処かのお節介が治癒してくれるからの!」

「そうか……」

 そっと微笑むヘファイストスさん。
 無自覚でデレを全開にしているアルテミスさん。
 このコンビは何て言うか……うん、尊い。

(ごちそうさまでした)

 心の中で手を合わせていた、そのときだ。
 ──コンコン。と、ノック音が聞こえて来た。
 ガチャリと部屋の扉が開くと、城で働いているメイドが扉から入って来る。

「ご歓談中に申し訳御座いません。使徒様のお部屋の準備が終了致しました」

 そう言って一礼したメイド。
 その姿は凛としており、美しさすら在る。

「ありがとうございます」

「それでは使徒様。お部屋に御案内致します」

 はい。そう言おうとしたときだ。
 エマが、先に言葉を発したのだ。

「いや、私が案内しよう」

「承知致しました」

「あぁ……メアリーは休んでいてくれ。ハルトもそれで構わないだろう?」

「うん。僕は大丈夫だよ」

「分かった。それでは行こうか」

「ありがとう! みんなもまたね!」

 そう言って部屋に入った僕は……
 ──バタッ。倒れたのであった……。