豪華絢爛な印象の謁見室。
 そんな謁見室の王座にて、王の御前で跪いている人物が六人と、その六人を囲む様に多数の貴人が居る。
 
 最初こそは、周りにいる貴人がコソコソ話をする、その程度の静寂に包まれて居た。
 ──あの黒髪黒目の者は誰だ?
 ──しかも、姫様そっくりの衣服を纏っているぞ。
 ──でも、ちょっとだけ私の好みかも。
 ──いや、それな?
 ──お前は男だろ!
 そんな感じの、何処か朗らかな空気感が、周囲に居る貴人からは漂っており。
 その反面に、王の御前に居る六人からは、張り詰めた重い空気が漂っている。
 
 しかし、遂に王と見知らぬ男の謁見が始まると、周囲の貴人の朗らかな空気が、一転したのだ。

「名をハルト・タカハシ。この命を拾ってくださった、慈悲深い女神様にこの世界を救う使命を賜り。この指輪と共に、異なる世界より馳せ参じた。使徒に御座います」
 
 見知らぬ男は、ただの姫Tイケメンじゃなかった。
 なんとその男は、この世界を救う為に、志向の存在である女神様から遣わされた、──使徒だったのだ。
 
 この世界には、尊き者が二つ存在する。
 一つ。国であり世界であるグレースを纏め上げる、我等が現人神ことグレース王。
 二つ。この世界を創造せし我等が始祖であり()()()、我等が生命体の母、──女神ヘラ様である。
 グレースの民は、この二つの尊き者を柱とし、信じて生きているのだ。
 
 しかしながら、そんな柱の中にも当然、信仰心を捧げる優劣が存在するのだ。
 女神ヘラ様こそが全てであり、絶対である。と全種族共通の認識として……。
 
 よって、女神ヘラ様の使徒を称える者への介入は、凡人であるグレース王には赦されざる、──神意なのだ。

◆◆◆

 ザワザワとした空気感。
 騒がしい空間の中で跪いている僕は、心臓がはち切れそうな程にドキドキしていた。
 ──高鳴る鼓動。
 ──震える手足。
 ──荒らげる呼吸。
 ──垂れ流れる汗。
 それらが僕の不安感を、より一層強めていく。

 ヤバい、緊張で吐きそうだ。
 マジで何も考えられない……。
 
 そんな感情が、僕の心身を蝕んでいるときだ。
 当惑を見せている僕の視線が、愕然とした表情のエマを捉えたのだ。
 その瞬間に何故か、僕の右手の薬指から、得体の知れない力が全身に伝わってくるのが分かった。

(なんか、大丈夫な気がする……)

 そう思ったときだ。
 周囲の貴人達が、胸に手を当てて跪いた。
 凛々しくも毅然とした、何処か品位すらも感じさせる様な、そんな立ち振る舞いである。
 
 しかし、──訳が分からなかった。
 
 だってそうだろう?
 何故今になって、跪く意味がある?
 品位を感じる立ち振る舞いに圧倒されつつも、その行動に対する根本的な理由が分からないのだ。

 しかしその理由は、直ぐに知ることになった。

「女神の使徒、ハルトよ。そなたに使命を下したのは、女神ヘラ様に相違無いか」
 
 何とグレース王が、王座から降りて来たのだ。
 力強く足を踏み締める王は、一歩ずつを雄々しく、されど丁寧に、此方へと歩んで来る。
 その表情は鋭く、何かを違えれば殺されると、そう思ってしてしまう程だ。
 だが、今の僕が動じることは無い。
 何故ならそれは、僕に得体の知れない力が、その背中を押す様に湧き上がっているからだ。
 ならばこそ、僕は毅然とした態度で居ることが出来る。

「はっ! 相違御座いません!」

 目前に立って此方を見下ろす王を、キリッとした表情の真摯な眼差しで、真っ直ぐ見据える。
 長い様で短い、たった数秒間の静寂。
 その静寂の中で僕は、王の深くて綺麗な緋色の瞳と、何も無い無言のまま見詰め合っていた。

(大丈夫。きっと、大丈夫)

 そう思ったときだった。
 まるで値踏みをするかの様に、此方を鋭い眼差しで見ていた王が、柔く微笑んだのだ。

「そうか……」

 そう言った王は跪き、優しい声で言葉を紡ぐ。

「我等は……心の何処かでは、もう叶わないのだと、そう諦めていた。王である我ですら、だ……」

 周囲からは、啜り泣く声が聞こえてくる。

「この世界の心は、既に疲弊しきっている……。どんなに楽しげに笑っていたとしても、その心の中では絶望に喘いでいるのだ……」

 このとき僕は、ここまで来る時に出逢った。
 何処か楽しげに笑っていた民衆と、例の姫Tの女の子のことを、心とも無く思い出していた。
 
 僕だって、不思議には思っていたんだ。
 何故この人達は四年後に滅ぶのに、こんなにも楽しそうにしているのだろうって。
 でも、あまり深くは考えなかった。
 僕なんて、引き篭って居たときに笑った記憶が、一回足りとも無いのだ。
 だからこそ、フィアナ騎士団のみんなも含めて、楽しそうに笑っている人達を見て、何とも思わなかった。
 
 ──辛くないなんてこと、ある筈が無いのに。
 
 辛い、苦しい、切ない、痛い、悲しい……。
 みんなの笑顔を思い出す度に、涙が溢れ出てくる。
 冷たい涙がポツポツと弾ける様は、まるで、美しい薔薇が枯れる瞬間みたいに儚くて。──痛々しい。

 しかし、そんな痛々しい感情は、手に触れた温かな感触に包まれて、蒸発する様に絆されたのだ。

「だからこそっ……たった一人の愛娘が決死の覚悟で、運命と戦っているときに……こうして、王座に座ることしか出来ない凡庸な我の代わりにっ……どうか、頼む。我の大事な民衆()を……尊いこの世界を……救ってはくれまいか……女神の使徒ハルトよ…………」

 王の口から出て来たのは、冀求(ききゅう)を縋る言葉だった。
 そこには、一国の王として民を想う気持ちと。一人の父親として、娘を想う気持ちがあった。
 それは、王のモノとは思えないくらいに惨めで。王のモノとは思えないくらいに、──優しかった。

(こんな僕なんか、に…………って、駄目だよな。自分で自分を卑下しちゃ……)
 
 引き篭っていた様な、そんな自分に……。
 引き篭って親を泣かせた、そんな自分に……。
 自分に自信が無い様な、そんな自分に……。
 一体何が出来るのかは、微塵も分かりやしない。
 
 でもっ、それでもっ……。
 ただ自分を恨んで居た様な僕が、誰かの幸せを、誰かの笑顔を守れるのなら……。
 
 内に秘めていた筈の想い。
 それは、微かな声と共に漏れ。
 みんなへと、風に吹かれて飛んでいく。

「僕は、誰かの役に立ちたいから……」

 ──僕、戦うよ。

 決意を乗せた言葉は、無い筈の風に吹かれ、空へと舞い上がって行った。

「感謝する…………」
 
 コレが僕にとって、どんな未来への選択肢なのか、想像すらもつかない……。
 でも、それでも……これで良かったんだ。
 だって現在の僕は、きっと……。
 誰かの役に立てる様な、そんな、自分を誇ることが出来る一端の人間に、慣れる様な気がするから……。

 ここから僕の物語は、始まりを告げたのだ。
 
 これは元ヒキニートの僕が、頼れるフィアナ騎士団の仲間達と共に、ダンジョンを攻略して世界を救う。
 そんな、僕達の成長と戦いの四年間を綴った、最強カップル(使徒と神姫)の英雄神話だ。