◆♀ 【裸族乙女】 ♀◆
思えば、あっけない幕切れだった。あれほど簡単に決着がつくとは。
急激に倦怠感に襲われ始めた。普段決して使わぬであろう筋肉がミシミシと悲鳴を上げるかのように小刻みに痙攣を起こす。私はガックリと項垂れ、腕をダラリと垂らし、殺害した喜びに片方の口角を持ち上げ、何気なくもう一度新聞で死体に触れてみた。
と、ヤツが飛び跳ねた。クルリと腹這いになり、こちらに向かって突進して来たのだ。反射的に私の体は玄関へすっ飛び、鍵をかけ忘れていたドアノブを捻って押し開け、外へと逃亡した。玄関を一歩だけ踏み出したら、誰かにぶつかってはね返され、オットットとあとずさり、冷蔵庫に尻を打ちつけ、もう一度前方にあと押しされて誰かの腕の中にすっぽりと体はおさまっていた。受け止めてくれた腕の中で見上げると、目と目が合う。お互い瞬きを繰り返しながら見つめ合った。
「フンギャーッ!」
彼の喉から驚愕は漏れ、眼鏡の奥の眼球は、今にも飛び出さんばかりの勢いでまん丸と引ん剥かれた。
全てを悟った私の両手は彼の胸ぐらをつかんで、どういうわけか引寄せてしまった。そしたら、物凄い力で抵抗を食らって私の体は後方へ押し倒されたため、本能的に柔道の巴投げを決めようとしたらしく、玄関の床に引っ繰り返った。その拍子に冷蔵庫の扉が開き、左足首がワインボトルのあったポケットに挟まり、巴投げを崩された右足は、躓いて膝をつき、私に覆いかぶさった彼の左肩にのっていた。彼の目は極限まで見開かれ、一点を凝視する。逃すまじとの迫力で鋭い眼光を獲物に突き刺している。
「ごきげんよう」
私の喉から朝の爽やかな挨拶が漏れた。
「ごきげんよう」
彼も目を血走らせつつも、爽やかに返してくれる。
その時、私の視界を敵影が掠めた。攻撃で幾分弱った体を引きずるように、何食わぬ顔で私たちの横をすり抜ける。よくよく見ると、ヤツの動作は滑稽極まりない。そのまま玄関を出ると、左に折れ、逃亡した。そしたら、もうひとつの黒い塊が元気よくあとに続いた。私はぞっとした。やはり敵は複数存在していたのだ。これでこの地にようやく平和は訪れた。
終戦の喜びを噛みしめつつ、私はそっと己の局部を右掌で覆い隠して御開帳を解くと、彼はようやっと瞬いて我に返ったようで、朝刊を手渡ししてくれた。
「何年生?」
「高二……です」
ぼそっと呟くように放った。
「ご苦労様」
「ありがとうございます」
そういって彼は慌てて立ち上がると、礼儀正しく深々と頭を垂れ、カクカクとぎこちない動作で回れ右をして、何度も何度も首を傾げながら去って行った。
今どき珍しく真面目な新聞少年だ、と私は感心した。が、多感な年頃に強烈な刺激を与えたことを案じつつ、彼の将来が平穏無事であることを祈ってやる。
ようやく私も起き上がり、玄関のドアを閉めると鍵をかけ、溜息をついた。熟れた果実が二つ胸元で大きく弾けた。
◇♂ 【××族 X】 ♂◇
ア~……ここはあの世か? オレは昇天したのか? フワフワする~目が回る~……回って回って揺れる揺れる~……。誰だ……この身を揺すっているのは? 何ものかがオレの体に触れた。なーんだ、お嬢ちゃんかい。
「ん? インク臭い!」
ア~新聞紙か。新聞紙にオレの汁気がこびりついてるじゃねえか。そうか、お嬢ちゃんの仕業なんだな。コイツにやられたのか。こんなペラペラの紙切れの束に。情けねえなあ。一族郎党、我が種族の恥だ。オレ様ともあろう漢がよ。申し訳も立たねえぜ。
頭がクラクラする。だがよ、意識はハッキリしてきたぜ。
「ん? そこにいるのは……誰だ?」
同じにおいがするぜ。しきりに逃亡を促してくる。そうか、あれは気のせいじゃなかった。種族の一員がいたんだ。オレ様だけじゃなかったんだ、この地を占拠していたのは。心強いじゃねえか。同志がいたなんて。
「──何だって?」
オレの心に同士の思念が忍んでくるぞ。この地を捨てろ……新天地への旅立ち……だと? 今がその時なのか? そうか? そうよね?? そうかもね!!! よし分かった、そうしよう。その前に、お嬢ちゃんを脅してやろうじゃねえか。
「ヘヘヘ~~~エッ! この恨み、晴らさでおくべきか~~~アッ! クルリんちょ! 死んじゃいませんよ~だ! ホイサッサホイサッサ、逃げろや逃げろ~お嬢ちゃ~ん! おーお、オメエの尻に噛みついたろか!」
引っ繰り返りやがったぜ。身動き取れねえんでやんの……ハッハッハ! そんじゃ、あんたの横を失礼をばするヨン。あんれまあ、あられもねえお姿だこと。いい眺めだわヨン。
「パンツー丸見ぃえ~~! うんにゃ。やっぱ、パンツ穿いてねえんでやんの。風邪引くなよ~! 歯、磨けよ~! 親不孝するんじゃねえよ~! 縁があったら、またいつかな! アバヨ、お疲れさん!」
思えば、あっけない幕切れだった。あれほど簡単に決着がつくとは。
急激に倦怠感に襲われ始めた。普段決して使わぬであろう筋肉がミシミシと悲鳴を上げるかのように小刻みに痙攣を起こす。私はガックリと項垂れ、腕をダラリと垂らし、殺害した喜びに片方の口角を持ち上げ、何気なくもう一度新聞で死体に触れてみた。
と、ヤツが飛び跳ねた。クルリと腹這いになり、こちらに向かって突進して来たのだ。反射的に私の体は玄関へすっ飛び、鍵をかけ忘れていたドアノブを捻って押し開け、外へと逃亡した。玄関を一歩だけ踏み出したら、誰かにぶつかってはね返され、オットットとあとずさり、冷蔵庫に尻を打ちつけ、もう一度前方にあと押しされて誰かの腕の中にすっぽりと体はおさまっていた。受け止めてくれた腕の中で見上げると、目と目が合う。お互い瞬きを繰り返しながら見つめ合った。
「フンギャーッ!」
彼の喉から驚愕は漏れ、眼鏡の奥の眼球は、今にも飛び出さんばかりの勢いでまん丸と引ん剥かれた。
全てを悟った私の両手は彼の胸ぐらをつかんで、どういうわけか引寄せてしまった。そしたら、物凄い力で抵抗を食らって私の体は後方へ押し倒されたため、本能的に柔道の巴投げを決めようとしたらしく、玄関の床に引っ繰り返った。その拍子に冷蔵庫の扉が開き、左足首がワインボトルのあったポケットに挟まり、巴投げを崩された右足は、躓いて膝をつき、私に覆いかぶさった彼の左肩にのっていた。彼の目は極限まで見開かれ、一点を凝視する。逃すまじとの迫力で鋭い眼光を獲物に突き刺している。
「ごきげんよう」
私の喉から朝の爽やかな挨拶が漏れた。
「ごきげんよう」
彼も目を血走らせつつも、爽やかに返してくれる。
その時、私の視界を敵影が掠めた。攻撃で幾分弱った体を引きずるように、何食わぬ顔で私たちの横をすり抜ける。よくよく見ると、ヤツの動作は滑稽極まりない。そのまま玄関を出ると、左に折れ、逃亡した。そしたら、もうひとつの黒い塊が元気よくあとに続いた。私はぞっとした。やはり敵は複数存在していたのだ。これでこの地にようやく平和は訪れた。
終戦の喜びを噛みしめつつ、私はそっと己の局部を右掌で覆い隠して御開帳を解くと、彼はようやっと瞬いて我に返ったようで、朝刊を手渡ししてくれた。
「何年生?」
「高二……です」
ぼそっと呟くように放った。
「ご苦労様」
「ありがとうございます」
そういって彼は慌てて立ち上がると、礼儀正しく深々と頭を垂れ、カクカクとぎこちない動作で回れ右をして、何度も何度も首を傾げながら去って行った。
今どき珍しく真面目な新聞少年だ、と私は感心した。が、多感な年頃に強烈な刺激を与えたことを案じつつ、彼の将来が平穏無事であることを祈ってやる。
ようやく私も起き上がり、玄関のドアを閉めると鍵をかけ、溜息をついた。熟れた果実が二つ胸元で大きく弾けた。
◇♂ 【××族 X】 ♂◇
ア~……ここはあの世か? オレは昇天したのか? フワフワする~目が回る~……回って回って揺れる揺れる~……。誰だ……この身を揺すっているのは? 何ものかがオレの体に触れた。なーんだ、お嬢ちゃんかい。
「ん? インク臭い!」
ア~新聞紙か。新聞紙にオレの汁気がこびりついてるじゃねえか。そうか、お嬢ちゃんの仕業なんだな。コイツにやられたのか。こんなペラペラの紙切れの束に。情けねえなあ。一族郎党、我が種族の恥だ。オレ様ともあろう漢がよ。申し訳も立たねえぜ。
頭がクラクラする。だがよ、意識はハッキリしてきたぜ。
「ん? そこにいるのは……誰だ?」
同じにおいがするぜ。しきりに逃亡を促してくる。そうか、あれは気のせいじゃなかった。種族の一員がいたんだ。オレ様だけじゃなかったんだ、この地を占拠していたのは。心強いじゃねえか。同志がいたなんて。
「──何だって?」
オレの心に同士の思念が忍んでくるぞ。この地を捨てろ……新天地への旅立ち……だと? 今がその時なのか? そうか? そうよね?? そうかもね!!! よし分かった、そうしよう。その前に、お嬢ちゃんを脅してやろうじゃねえか。
「ヘヘヘ~~~エッ! この恨み、晴らさでおくべきか~~~アッ! クルリんちょ! 死んじゃいませんよ~だ! ホイサッサホイサッサ、逃げろや逃げろ~お嬢ちゃ~ん! おーお、オメエの尻に噛みついたろか!」
引っ繰り返りやがったぜ。身動き取れねえんでやんの……ハッハッハ! そんじゃ、あんたの横を失礼をばするヨン。あんれまあ、あられもねえお姿だこと。いい眺めだわヨン。
「パンツー丸見ぃえ~~! うんにゃ。やっぱ、パンツ穿いてねえんでやんの。風邪引くなよ~! 歯、磨けよ~! 親不孝するんじゃねえよ~! 縁があったら、またいつかな! アバヨ、お疲れさん!」