「それから彼は俺のことが気に入って、冬場になると毎日のように履いてくれた。そして、休日にはよく手入れをしてくれた。だから、いつもピカピカの状態で、とても気持ちが良かった。でも、履きすぎて靴底がすり減ってしまった。だから、この店に持ってこられたんだ」

 なるほど、それでここに居るのね。
 
 ……ん? 
 ちょっと待ってよ、
 あなたの主人は有名百貨店の靴売場のバイヤーだよね。
 だったら、売場に修理する人がいるんじゃないの? 
 自分の所で修理できるんじゃないの?
 
 そう思った時、まるで疑問を見透かすように彼が口を開いた。
 
「もちろん俺の主人が働く売場でも踵の修理はやっている。一般的なリフト交換だと3,500円くらいでできる。でも、俺は特注品なのでフランスから専用のリフトを取り寄せた方がいいと言われたんだ」

 なるほど、そうするのが一番かも。
 
「でも、取り寄せたらいくらになるか問い合わせたら、びっくりするような返事が返ってきたんだ。1万円って言われたんだぜ。信じられるか?」

 1万円? 
 リフトが1万円?
 
「あり得ないよね。だから、勤務先ではなく、通勤の最寄り駅にあるこの店に持ってきたようなんだ。職人の腕がいいみたいだし、それに安いみたいだからね」

 なるほど……。
 
 ん? 
 今、通勤の最寄り駅って言ったよね。
 
「もしかして、この近くに住んでいるの?」

「そうだよ。1丁目2番地3号」

 と言われても詳しいことはわからないけど、もしかしたらご近所さんかもしれないと思うと、ぐっと親近感が湧いてきた。
 なので、まじまじと紳士用ブーツを見つめていると、ビルの窓から柔らかい光が差し込んできた。