「俺が返品されることはなかった」

 えっ? 
 
 良かったと思った途端、力が抜けてへなへなとなった。
 
「俺は買い取りの靴だったようなんだ。返品なしの条件で買い取られた靴ということだ」

 そうだったんだ……、
 でも、そうだよね。
 じゃなきゃ、ここにいるはずないもんね。
 ブルブル震えて、心配して、損しちゃったな。
 
 自分が馬鹿みたいに思えて嫌になったが、そんなことに気づくはずもなく、話は続いた。
 
「返品はされなかったけど、次の年も俺は売れ残った。何十人もの日本人が俺を気に入って試し履きしたけど、やっぱり誰の足にも合わなかったんだ」

「でも、ここにいるってことは、誰かに買われたんじゃないの?」

「そうなんだ。遂に俺を棚から解放してくれる日本人が現れたんだ。誰だと思う?」

 急にそんなこと言われてもわかるわけがないので黙っていると、「バイヤーだよ。フランスに発注したバイヤー」と答えを告げられた。
 
「えっ、バイヤー?」

 素っ頓狂な声が出てしまった。
 
「そうなんだ。まったく売れないんで、発注した責任を取って自分で買い取るしかないと思ったんだろう。突然、彼が俺の中に足を入れたんだ。すると、」

 もしかして、
 
「なんと、彼の足は俺の靴型にぴったりだったんだ。(あつら)えたようにピッタリ」

「えっ、嘘みたい」

「嘘みたいだろう? でも本当なんだ」

 その時のことを思い出したのか、ほんの少し頬を緩めた。