店の灯りが消えた。
 閉店の時間になったようだ。
 棚に並んだほとんどの靴は眠りにつき、起きているのはわたしと紳士用ブーツだけになった。
 
「俺は、」

 ちょっと躊躇ったようだったが、すぐに身の上話を始めた。

「俺はフランスで生まれた。有名な靴工房の優れた靴職人が丹精を込めて作ってくれたんだ。でも、生まれてすぐ日本に運ばれ、東京の大手百貨店の靴売り場に並べられた。そう、その百貨店のバイヤーが注文した靴が俺なんだ」

 そして、フランスはどっちの方角かな、というように暗闇の中で視線を送った。

「俺は不安だった。親元を離れて誰も知る人のいない異国に来て一人ぼっちだったから、精神が病みそうになった。それに、日本語が話せないから他の靴とは会話ができなくて辛かった。だから、いつもフランスに帰ることばかり考えていた」

「毎日ホームシックにかかっていたのですね」

 すると恥ずかしそうに笑ったが、「でも、それよりも、俺を買ってくれる人がいないことの方が辛かった」と当時を思い出すような目になった。