「ちょっとしてほしい事があるので、今日午後3くらいに大学近くのカフェで落ち合いませんか」

 11月18日。
 彼――一個下の後輩が私に待ち合わせの話を持ち掛けて来たのは、午前七時でした。普段滅多にメッセージが来る事の無いLINEアプリに赤い通知マークが点いているのを確か十時――起きて直ぐくらいに見つけて、メッセージの内容を確認し次第、ほぼ寝惚け眼の状態で服を着替えて外に出ました。今日は大学へ行く予定が無かった為になんの準備もしていなかったので、戸棚とハンガーから適当に服を引っ掴んだ後、冷蔵庫の一番手前にあった魚肉ソーセージを食べてから彼の言うカフェへ向かいます。

 私達の中で大学近くのカフェと言うと一つしか無く、それは大学を出て少し先にあるこじんまりとしたカフェでした。カフェというより純喫茶と言う呼称を用いたほうが適切であるような気もしますが、とにかくそんな雰囲気のカフェです。その入口近くで、壁にもたれかかるようにして彼は待っていました。私が手を振ると、彼はスマホから顔を上げてこちらへと振り返します。

 案内された席に着くと早速、彼が鞄から一つのノートパソコンを持ち出しました。いくらノートパソコンとは言えど、ここはそれほど大きくもないカフェです。小さい丸テーブルに置かれたそれは、面積の四分の三近くを占めています。私が迷惑している事に気づいているのかいないのか、彼はかたとノートパソコンを開いて、操作を始めました。

 手短に要件を伝えて欲しい、今日は家でだらだらと過ごす予定だったから。無言でかたかたとキーボードを鳴らしている彼に向かって、概ねこういった事を言ったと思います。実際今日は先述の通り大学に行く予定が無かったので、何も無ければ一切外に出ず過ごそうと思っており、加えてしてほしい事が何なのか不明瞭であった為に、彼に対して少しの苛つきを覚えていたのも事実でした。

 直後、キーボードから少し大きな音が鳴り、同時に私の持っていたスマートフォンが振動しました。手元を見れば、彼がAirDropを用いて何かを共有しようとしている様子でした。「受け入れる」も「辞退」も押さずに黙って画面を見ていると、遅れて彼が口を開きます。

 「とりあえずそれ受け入れだけして欲しいです。ファイルは僕の話を受けてから持っておくか捨てるか決めていいので。」

 言われるがままに「受け入れる」を押してから、これは何なのか、と彼に聞きます。ちらとスマートフォンを見れば、Airdropで共有されたそれは「syusyukaidan.zip」というファイルらしく、未だに「受け入れる」と「辞退」の両方が画面を覆っており。

 「で、何をしてほしいのかと言うと――」

 直後出て来た言葉に、私は耳を疑いました。


 「そのファイルを使って、今ここで怪談話を書いて欲しいんです。」