都内の大学に通い始めて二年目の冬、竜胆は青春を謳歌していた。
高三のころにも彼女はいたが、大学では思っていた以上にモテたので驚いた。けれど、どの女の子とも長続きしない。キスはできても、セックスが駄目なのだ。向けられた粘り気のある視線は、次第に怒りと羞恥の色を帯びていく。ヒトも、身体だけは嘘をつけないのだと知った。当然フラられるのはいつも竜胆のほうだった。
——俺を愛してくれる人は、一体どこにいるんだろう。
そう夢を見る一方で、そんな人は地球上のどこにもいないとも思っていた。
たとえば新婚夫婦のインタビューで交わされる「この人だと思ったんです」とか「運命の相手だと思いました」という言葉はひどく軽いものに聞こえた。見ず知らずの一般人だからだろうか。おもしろくもなんともないのに、中二の妹が学校をサボった日にその番組を観ていて、いらいらした。画面の向こうは安っぽく見え、けれどその安っぽい世界に足を踏み入れる権利は、自分にはきっと永遠にないのだろうなと思った。美味しいものを食べるほうがよっぽど幸せだ。
二限目のあと、学生食堂はいつものように混雑していた。
「おばちゃん、B定食!」
財布を手に、竜胆は厨房へと声を張る。
「ごめんね。この人で終わりやわ」
前を覗くと、黒縁眼鏡をかけた男と目が合った。黒いキャップを目深に被り、ジャージのファスナーを首まで閉めている。よく見る典型的な根暗だ。なんとなく笑みを返すも、男はぷいと前を向いた。差し出された最後のB定食を受け取り、颯爽と去っていく。
「感じ悪っ」
全身黒ずくめの後ろ姿が余計に不気味さを増しているなと思っていると、咳払いをしたおばちゃんが腰に手を当てて待っていた。
「あ、えっと……じゃあ天丼で!」
天丼も美味いからいいかと会計を終え、割り箸を口に咥えながら中央の大きなテーブルについた。タレのかかった海老が黄金に輝いている。滅多に頼まない天丼に胸を躍らせ、いつもより丁寧ないただきますをして海の恵みに感謝した。
海老を目がけて箸を伸ばしたところで、目の前で立ち止まった人影に顔を上げる。
「これ、やる」
無愛想な顔でB定食を差し出す男。さっきの眼鏡だ。
「え? いや別に、いらないけど」
聞こえなかったのか、男はB定食を置いた。そしてなぜか天丼を持ち去っていく。男は端っこの人気のない席に座ったかと思うと、勢いよく天丼をかきこんだ。
「……は?」
堂々たる窃盗に遭い、何か言わねばと口を動かすも、やはり「は?」しか出てこない。食いかけのところを取り返す気にもなれないので、仕方なくもう一度ヤツを睨みつけてから二度目のいただきますをした。今日はとことんツイてない、と竜胆は思う。
天丼より百円安いB定食をちまちまと箸でつついていると、スマートフォンが震えた。
武田からだ。
【今日のクリパ、十九時に駅前のカラオケな】
クリスマスパーティ。通称クリパ。先日、武田から久しぶりに電話がかかってきて、同窓会を兼ねてどうかと誘われた。武田に会うのは気が進まなかったが、ありがたい誘いではあった。大抵は毎年彼女と過ごすのだが、今年は直前にフラれてしまってクリぼっちが確定していたのだ。何人目だよと家で妹になじられるより、武田の相手をしているほうがマシだろう。妹は趣味が悪く、兄の元カノの人数を数えている。
高三のころにも彼女はいたが、大学では思っていた以上にモテたので驚いた。けれど、どの女の子とも長続きしない。キスはできても、セックスが駄目なのだ。向けられた粘り気のある視線は、次第に怒りと羞恥の色を帯びていく。ヒトも、身体だけは嘘をつけないのだと知った。当然フラられるのはいつも竜胆のほうだった。
——俺を愛してくれる人は、一体どこにいるんだろう。
そう夢を見る一方で、そんな人は地球上のどこにもいないとも思っていた。
たとえば新婚夫婦のインタビューで交わされる「この人だと思ったんです」とか「運命の相手だと思いました」という言葉はひどく軽いものに聞こえた。見ず知らずの一般人だからだろうか。おもしろくもなんともないのに、中二の妹が学校をサボった日にその番組を観ていて、いらいらした。画面の向こうは安っぽく見え、けれどその安っぽい世界に足を踏み入れる権利は、自分にはきっと永遠にないのだろうなと思った。美味しいものを食べるほうがよっぽど幸せだ。
二限目のあと、学生食堂はいつものように混雑していた。
「おばちゃん、B定食!」
財布を手に、竜胆は厨房へと声を張る。
「ごめんね。この人で終わりやわ」
前を覗くと、黒縁眼鏡をかけた男と目が合った。黒いキャップを目深に被り、ジャージのファスナーを首まで閉めている。よく見る典型的な根暗だ。なんとなく笑みを返すも、男はぷいと前を向いた。差し出された最後のB定食を受け取り、颯爽と去っていく。
「感じ悪っ」
全身黒ずくめの後ろ姿が余計に不気味さを増しているなと思っていると、咳払いをしたおばちゃんが腰に手を当てて待っていた。
「あ、えっと……じゃあ天丼で!」
天丼も美味いからいいかと会計を終え、割り箸を口に咥えながら中央の大きなテーブルについた。タレのかかった海老が黄金に輝いている。滅多に頼まない天丼に胸を躍らせ、いつもより丁寧ないただきますをして海の恵みに感謝した。
海老を目がけて箸を伸ばしたところで、目の前で立ち止まった人影に顔を上げる。
「これ、やる」
無愛想な顔でB定食を差し出す男。さっきの眼鏡だ。
「え? いや別に、いらないけど」
聞こえなかったのか、男はB定食を置いた。そしてなぜか天丼を持ち去っていく。男は端っこの人気のない席に座ったかと思うと、勢いよく天丼をかきこんだ。
「……は?」
堂々たる窃盗に遭い、何か言わねばと口を動かすも、やはり「は?」しか出てこない。食いかけのところを取り返す気にもなれないので、仕方なくもう一度ヤツを睨みつけてから二度目のいただきますをした。今日はとことんツイてない、と竜胆は思う。
天丼より百円安いB定食をちまちまと箸でつついていると、スマートフォンが震えた。
武田からだ。
【今日のクリパ、十九時に駅前のカラオケな】
クリスマスパーティ。通称クリパ。先日、武田から久しぶりに電話がかかってきて、同窓会を兼ねてどうかと誘われた。武田に会うのは気が進まなかったが、ありがたい誘いではあった。大抵は毎年彼女と過ごすのだが、今年は直前にフラれてしまってクリぼっちが確定していたのだ。何人目だよと家で妹になじられるより、武田の相手をしているほうがマシだろう。妹は趣味が悪く、兄の元カノの人数を数えている。