一週間後、いつものように研究室の扉を開けると黒木の顔があって驚いた。
「おっと、竜胆くん。これから会議だから、悪いけど自習で頼むね」
 黒木はそう言い残すと、さっさと研究室を出ていった。
「え、自習って」
「先生はたまに、ああいう日がある」
 中では先に来ていた柊一がパソコンで作業を始めていた。
 カタカタという無機質な音が気まずさを誘う。
 勉強する気にもなれないので、リュックを置いて部屋を探検することにした。探検といっても三分で終わりそうな狭さだなと眺めている途中で、デスク横の本棚に目が止まる。三段目の端に、ヌンチャクを手にした人形がキメ顔で立っていた。
「先生ってブルース・リー好きなの?」
「ああ。勝手に触るなよ」
「見てるだけ」
 部屋に再び、カタカタ音が響く。
 やはり大学教授というのは大変らしい。こんなに本を読んで、論文も書いて、会議にも呼び出されるなんて……自分には到底できない。先生にはなれないな、というより、大人になりたくないな、と竜胆は思った。
 黒木は意外と多趣味らしく、他にもマイケルのフィギュアを挟むようにして馬の模型が並べてあるのを発見した。どうしてこの組み合わせにしたのか、不気味に思っていると鋭い声が飛んできた。
「おい、もうその辺にしとけ」
「うん。……あ、そういえばさ」
 振り返り、一歩踏み出したところで頭に固いものがぶつかった。見上げると鉄の棒のようなものが倒れかけている。うわっと咄嗟にしゃがみ込み、地面に伏せた。
 ガン。
 音がした方向を見ると、棒はなんとか向かいの棚に倒れて止まっていた。息をつき、立ち上がろうとして「あ」と漏れる。棚に積まれていた筋トレ道具がこちらを目がけてゴロゴロと降ってきていた。竜胆はぎゅうと目を瞑り、せめて天国へと祈った。