「ぴこ、おはよう」
 当麻竜胆(とうま りんどう)はいつものように、三面鏡に向かって話しかけた。
 鏡の向こうに見えるのは一匹のノミ。
 返事はない。代わりに竜胆の口の動きを必死に真似ている。寝衣(パジャマ)も、襟足(えりあし)の寝癖も。
 ぴこ は人間の姿をしているが、実際には目視できないノミという種類の虫だ。
 そして竜胆の親友でもある。大学にも友達はたくさんいるけれど、心を許すことができるのは ぴこ だけだ。
「最近気づいたんだけどさ、嘘をつくのはヒトだけなんだ。(みにく)い生き物だよね」
 ぴこ は同じ速さで、同じように口を動かす。ぴこ もそう思っていたのだ。
 ——やっぱり君とは気が合うよ。
 呆れ半分で微笑みながら、竜胆は今日も、ぴこ と一緒に歯を磨いた。