魔女の隠れ家〈森の住処〉の屋敷は二階建てだが、それほど大きくなく応接室もないため、レシアはユノセルをダイニングキッチンへ通し、中央に設えたテーブルと椅子へ向かわせようと思ったのだが。

(ダメだ。椅子がとっても小さく見える。あのひとの体格じゃ、あの椅子はきっと窮屈ね)

 無理に座ったら壊れそうだ。

「あちらのソファーへどうぞ」

 レシアは窓際にあるベージュ色のソファーへ座ってもらうことにした。

 ユノセルも一瞬戸惑った様子だったが、椅子が小さいことを察したらしく、レシアの言う通りソファーに腰を下ろした。

 ソファーの前には空色でおしゃれで可愛らしい丸テーブルが置いてあるのだが。これがまたいつもより小さく見えてしまうから不思議だ。

(はーっ。なんだか限界)

 ユノセルから発せられる威圧感に、話をしないうちから逃げ出したい気持ちになる。

 けれどここは自分の家。

 とりあえずお茶でも用意するためにキッチンへ引きこもりたいと思ったが。

 先にやっておかなければならないことがあるのを思い出し、レシアはユノセルの前に立ち、そして言った。

「あなたがダグラス様から預かったという鍵を出してください」

〈鍵〉はレシアが暮らすこの屋敷までの道しるべを示しながら案内をし、敷地内に入れる術がかけられている。

 銀月の魔女は自分の住まいを秘密にしている。

 魔女の住処が知られたら、その魔力をあてにして来る者が大勢いるからだ。

 屋敷を出て『外の界』と呼ぶ街や都などへこっそり出かけることもたまにはあるが、静かな暮らしを好むレシアにとっては〈隠れ魔女〉と呼ばれてはいても『気ままなひきこもり生活』は全く苦にならず、寧ろ好んでいた。

 銀月の魔女が暮らす屋敷は〈森の住処〉と呼ばれ、その場所に辿り着けるのは魔女から渡された契約の鍵を持つ者だけという決まりになっている。

 銀月の魔女は、これまで幾度かラヴィルス王国の国政に協力し、王家からの信頼も得ていた。

 大昔、宮廷では限られた者たちだけが魔女の住処を知ることができた時代もあったようだ。
 国王、王妃、宰相、騎士団長など鍵を持つ者が幾人かいたらしい。

 けれど近年、鍵を渡されているのは『銀の騎士団長』ひとりだけ。

 それは宮廷からの要請で銀月の魔女が行う仕事の中に〈銀騎士団〉と協力して行うものが幾つかあるからだ。

 そのため宮廷において銀の騎士団長は銀月の魔女との『取り持ち役』や『つなぎ役』だとも言われている。


 騎士団長が代替わりしたときは鍵の契約も無効となり、新たに契約を交わさなければならない。

 鍵は緊急事態を除いて持ち主である契約者以外の者には反応しない。

 緊急事態というのは契約者側の事情によりやむ得ず他の者が鍵を使用する場合だ。

 契約者は代理人を選び鍵を預け、魔女から教えられた呪文を唱える。

 そうすることで代理人は〈森の住処〉へ渡ることが可能になる。

 でもそれは簡単なようで簡単ではない。

 代理人になると身体に苦痛が伴うのだ。魔女は教えた呪文の中に〈代理人による〈鍵〉の起動〉と〈同時に身体に苦痛が起こる〉という効力を合せた呪文を契約者に教えている。

 大切な鍵が契約者以外の者に渡ったことで悪用されないようにするためだ。

「レイベルトさんとは新たに鍵の契約を交わさなければいけません。きっと今、お辛いでしょう?」


 鍵の代理人になると全身に痛みが起こるだけでなく、発熱や痺れなど長時間〈鍵〉を携帯していると命をも蝕むと、祖母のミランダから聞かされている。

 過去には森の住処まで来て倒れ、数日寝込んだ代理人もいたとか。昔の記録帳に書いてあった。

(でも今、このひとに効いてるのかしら?見た感じ痛くも痒くもなさそうだけど)

 無表情で無愛想だからさっぱりわからない。

 レシアが考えているとユノセルが口を開いた。

「師匠から説明はありましたが。少し頭が痛む程度なので問題はないです」

(うわー。頭痛だけ?どんだけ強靭なのよ)

「そうですか。でも鍵の効力を一度無効にしないといけないので。それに契約者以外の者が長時間、鍵を持ったままでいると命の危険もありますから」

 レシアの言葉にユノセルは頷き、衣服の内側から鎖の付いた銀色の小さな鍵を取り出しテーブルに置いた。

「しばらく預かりますね。新しい契約は後にするとして……。少し待っていてください」

 レシアは鍵を手を取るとダイニングキッチンを出て二階にある自室に入った。

 ふぅ。と息を吐きながらユノセルから受け取った鍵を見つめ、古い効力を無にする呪文を唱え、最後にそっと鍵にキスをした。

───さて。

 面倒くさいけど、お茶でも淹れてあげるべき?

 午後のおやつに食べようと思って焼いた菓子があるけど。

 部屋の時計は午後二時時を過ぎたばかりだ。

「───お茶だけにしておこう」

 鍵を衣服のポケットに入れ、レシアはまたダイニングキッチンへ向かった。