その日、レシア・シェルークの屋敷を訪ねてきたのは『銀の騎士団長』ユノセル・レイベルトだった。
突然の訪問、しかも初対面。外見で人を判断してはいけないが、一目見て、なるほどねとレシアは思った。
黒みがかった茶色の髪を首の後ろで束ねていて、長さは肩まである。
見上げているとこちらの首が痛くなりそうなほどの背高で。
これ以上鍛えなくてもいいのでは?というほどに締まった体つきをしていた。
褐色の肌に顔立ちは悪くないが、薄青色の瞳は切れ長で鋭く、冷たい印象を受ける。
怒ってるの?と聞きたくなるやつだ。
おまけに左目下の辺りから頬にかけて赤黒い傷痕がある。それは整った顔立ちの中に不気味な翳りとなって恐ろしい印象が増す。
(噂には聞いていたが………なるほど。これが『泣く子も黙る冷徹騎士団長』……どころか、更に泣き叫ぶ子供続出になりそう)
ユノセル・レイベルトが新しい『銀の騎士団長』として任命されたという話から、そろそろ一ヶ月が経つ。
ラヴィルス王国、王軍の中でも魔物討伐を目的とする『銀騎士団』で二十年近く団長を務め引退した前任の騎士、ダグラス・マリオールに抜擢されたというのだから、武勇には優れているのだろう。
(────だけど。突然来るなんて。顔合わせの来訪日時は「改めて決めよう、連絡するから」って、ダグラスじぃじ言ってたのに!)
「あの、ダグラスじぃ……いえ、ダグラス様は?」
前任を務めていた銀の騎士団長、ダグラスとはレシアが幼い頃からの顔見知りで、孫のように可愛がってもらっていたこともあり、いつも「じぃじ」などと呼んでいた癖が出そうになり、レシアは慌てながらも聞いた。
「一緒ではないのですか?」
新しい騎士団長が決まったら、三人が顔を合わせるための日取りについて決める、という約束をダグラスとしていたのだ。
それなのにまったく連絡がなく、どうしたのかと思ってはいたのだが。
「彼は来ません。師匠は一週間ほど前に腰を痛めて、しばらく安静が必要と診断されました。本来なら顔合わせの日取りを決めるべく連絡を交わす予定だったと言ってましたが、師匠の快復を待ってからでは〈護封儀〉に間に合いそうになく、自分も仕事が立て込んでいます。それに護封儀に関して知らない事もまだ多いので。だから突然の訪問はそちらの………シェルーク殿の希望する日時とこちらの調整をつけることが難しいと判断し、ダグラス師に相談した結果です。あなたが『森の住処』に居るという話と、この場所に来るための〈鍵〉も師匠から預かりました。それから───この手紙をあなたに渡すようにといわれました」
顔は無表情。そしてまるで冷たい地底から響いてくるような声で淡々と喋り、ユノセルは最後に一通の手紙を差し出した。
受け取った手紙には、ダグラスから短文で自身の容体と連絡を交わせなかったお詫びの言葉、そして最後に〈ユノセルは善い奴じゃ。〉と書かれていた。
………仕方ないなぁ。じぃじが決めた人だから我慢もするけど。
とはいえ魔女であっても独身女子の一人暮らし。いくら名のある騎士団長といえども初対面で強面の男を家の中に入れるなんて嫌だが、今後はダグラスに代わってユノセルと一緒に行わなければならない仕事がいろいろとある。
ダグラスが元気だったら最初は同伴してもらい、新任者の騎士団長とは少しずつ慣れていけばいいと思っていたのに。
(はぁ……。ユノセルさんって、なんだか私の苦手なタイプなんだよね)
けれど仕方ない。
「わかりました。あなたと話をします。森の住処にようこそ。私は魔女のレシア・シェルークです」
レシアは小さくため息をつきながら、目の前で自分を見下ろす大男のために玄関の扉を全開にし、屋敷の中へ入るよう促すのだった。