新緑の季節が訪れ、街はゴールデンウイークの雰囲気に包まれていた。街路樹の緑が鮮やかに映え、爽やかな風が心地よく頬を撫でる。毎回思うのだが、毎年、始業式からゴールデンウイークがやって来るのってあっという間だなと思う。

 水島と本屋で出会い連絡先を交換した次の日、当たったパステルライド展に、一緒に行こうと勇気を出して誘ったら、喜んで「いいよ!」と返事をくれた。喜んでいる姿を見て、嬉しくてこっちまで飛び跳ねたくなるほどだった。

 お互いに都合がつく五日に出かけることになった。



 パステルライド展は、隣町のライブがよく開催される五階建ての文化ホールで行われる。電車に乗って、最寄り駅で降りて徒歩十分であるため、最寄り駅で十時に待ち合わせすることにした。行楽地へ向かう家族連れやカップルたちが楽しそうに談笑しながら歩いている。

 俺は、余裕を持って一五分前に着こうと思って集合場所に行ったら、もうすでに水島が待っていた。アイボリー色の鞄を持ち、青色に近い紺色の上品なワンピース姿で、いつも、髪はストレートなのに、今日は巻かれていて、いつもと違う雰囲気に俺は立ち止まり、思わず見惚れていた。

 待たせてしまっているから、早くいかなければ……。

「お待たせ。ごめん」

「私が早く来すぎちゃったせいで」

 首を振って、申し訳なさそうに俯く水島。

「いつも、制服姿だから、私服姿新鮮だな」

「柴崎くんはイメージ通り」

 水島は頬を緩める。あぁ、可愛いとか言いたいのに、喉で躊躇している。

 自分の気持ちに正直になるんだ。葛藤していると、水島が声をかける。

「そろそろ、行こうか。柴崎くん」

「あっ、うん」

 躊躇したせいで言うタイミングを逃してしまったじゃないか。


 他愛のない話をしながら、目的地に向かっているとあっという間に到着した。

「人多いね、やっぱり、ゴールデンウィークだからかな」

 人の多さに呑み込まれそうになったが、何とか無事到着することができた。

「何か、パステルライド展以外にも、美術展とか他にもいろいろ行われているみたい」

 水島がスマホで文化ホールの情報を調べて教えてくれた。

「そうなんだ。入場しようか」

 チケットの分配をして、購入者特典A賞の特別なゲートから入場する。A賞の人は、『パステルライド』の漫画家のムツイゴロウさんとお話でき、本にサインしてもらえるらしい。でも、ムツイ先生は顔出ししていないため、顔が見えないように仕切りがなされており、一メートル離れた先から会話がペアで五分ほどできる仕組みになっていた。入場してから、スタッフの人に、整理券を配布され、順番が来るのを待っていた。

 どうぞとスタッフの人に促され、ブースに入ると、誰かが手を組み、座っているシルエットが目に映る。きっと、この人がミツイゴロウ先生だ。これは現実なのか、頬をつねって確かめると、ちゃんと痛い。夢でも見ているかのような心地だ。

「お二人さん、こんにちは」

 声にエフェクトがかけられていて、地声ではないことがすぐに分かる。

「こんにちは!」

「お二人は、もしかして、カップル?」

「いや、違います。クラスメイトです」

 水島がすぐ否定する。確かにカップルではないが、電光石火の如く否定する水島を見て、シュンっと、膨らませている風船が途中誤ってしぼんでしまったかのような感情になってしまった。

「クラスメイトです」

 苦い笑いを浮かべて、水島の言葉を繰り返す。シルエットしか見えないから、ムツイ先生がどういう表情をしているのか分からない。少し空いた間が、心の痛みを増幅させる。

「もしかして高校生?」

「はい、高校三年生です」

「おぉ、受験生。質問は何かな?」

「『パステルライド』の最終回は決まっていますか」

 水島が最初に質問する。

「実は、まだ決まっていなくて。でも、二十巻までは書こう思っています。映像化も目指していて多くの人にこの作品を届けたいと思っているので、これからも応援し続けてくれると嬉しいな」

「もちろんです。ありがとうございます」

 水島は、真剣にムツイ先生の話に耳を傾けていた。

「そちらの少年は?」

「あ、えっと、タイムリープ信じますか」

「いい質問だね。タイムリープって、現実的にはあり得ないと思われがちだけど、俺はあると思うんだよな。実はタイムリープしている人って存在していて、その人が口外していないだけじゃないのかなって」

「なるほど」

「よし、書けた」

 スタッフの人に、ムツイ先生直筆サイン入りの本を手渡し、そして、俺たちに渡る。

「お二人さん、受験勉強頑張ってな」

「はい、ありがとうございます」

 特別ブースを後にし、一般ブースに向かい、作品の等身大のキャラクターのパネル、過去と未来を行き来できるタクシーを再現した車、キャラクターの設定原画、クイズコーナー、グッズショップなどを巡った。途中、フォットスポットがあった。

「水島、あそこフォトスポットあるよ! 写真、撮ろうか」

 主要人物たちの等身大パネルの横に水島は少し戸惑いながら、ピースをする。

 画面越しに映る水島の姿に少し見惚れていた。首を振り、「はい、チーズ」と声をかける。シャッターを押す度に、無意識に頬が緩んでいた。

「すみません、あの、写真撮ってくれませんか」

 もう帰ろうとしたとき、深緑色の半袖のポロシャツを着ている男の人に写真を頼まれた。見渡すとどうやら家族で来ているみたいだ。

「じゃあ、撮りますね」

 縦と横向きで合計五枚ぐらい撮った。

「ありがとうございます」

「お兄ちゃん、ありがとう」

 その家族のサロペットに色違いのボーダーシャツを着た姉妹がお礼を言う。

「どういたしまして」

「あの、良かったら、撮りましょうか」

 俺と横にいる水島を見て、その家族のお母さんが提案する。水島と目が合い、水島が頷くのを見て、頬が少し緩む。

「じゃあ、お願いします」

 俺たちは、その家族のお母さんに写真を撮ってもらった。一周目は、幼稚園を除いてしまうと、一緒に撮る機会がなかったから、正直言うと、嬉しかった。

 自分からは照れくさくて、水島に一緒に撮って欲しいと言うことが出来なかった。



 お昼すぎまでパステルライド展を楽しんだ後は、ご飯を食べにファミリーレストランに向かった。ゴールデンウィークで人が多くて、少し待つことになったけど、その間の待ち時間でパステルライド展の話で余韻に浸っていた。順番が来て、席に案内されるとタッチパネルで、お互い食べたいものを選ぶ。俺はオムライス、水島は、和風おろしハンバーグを頼む。

「柴崎くんは、タイムリープできるならしてみたい?」

「急にどうしたの?」

「ムツイ先生のサイン会の時に柴崎くんが聞いていたから、ちょっと興味あって」

 心臓が激しく脈打つ。現にタイムリープをしている俺は、何と答えるべきか、頭を捻る。

「一度はしてみたいよね」

 誰もが考えてそうなことを言ってみる。

「過去と未来どっち行きたい?」

 お馴染みの二択。

「どっちも行ってみたいけど、どっちしか行けないのなら、過去に行きたい」

 現に後悔を消すために、俺は過去に戻った。今、目の前にいる人を救うために。

「私も、過去かな。できるなら、後悔を消したい」

 水島の表情が徐々に沈んでいるかのようだった。

「あ、何でもない。ご飯来たよ!」

 現実に戻り、笑って誤魔化す水島を見て、何があったのだろうと思い、心配になる。頼んでいたご飯が到着した。



「美味しかった」

 水島が先に食べ終わり、水を飲み終えコップを机に置く。幸せが顔に満ちている。

「よし、食べ終わった」

 ご飯を食べ終わった後、俺たちは、机の上に貼られた美味しそうな1100円のイチゴのパフェに目を奪われていた。ずっと思っていたのだけど、美味しそう。視線を上げると、俺たちは目が合った。

「分けっこする?」

 水島の提案に、俺は大きく頷く。タッチパネルで注文を終え、最後のデザートを待っていると、十分ぐらいで、イチゴパフェがやってきた。

「美味しそう!」

 目を輝かせる水島に、俺は、スプーンを差し出す。

「お先にどうぞ!」

「ありがとう! いただきます」

 イチゴとミルクのアイスを掬い、口に運び、幸せそうな表情を見せる水島を見て、思わず笑みが零れ落ちそうになる。

「どう?」

「美味しい! 柴崎くんもどうぞ」

「ありがとう!」

 俺も、甘いものに目がないので、さっそく頂くことにする。

「美味しい。ファミレスとは想像がつかないほど美味しい」

「うん、だね!」

 スプーンはパフェ用のスプーンで、掬う部分が他のスプーンより小さくなっていて、食べるのに時間がかかると思っていたけれど、あっという間になくなってしまった。

「ごちそうさまでした」


 お会計を済ませ、お店を後にすると、駅に向かった。水島と落ち合ってから、6時間ぐらいが過ぎた。本当は水島ともっと遊んでいたかったけど、俺たちは受験生だから、そろそろ家に帰って勉強をしないといけない。だから、今日はここまで。同じ電車に乗って、水島は俺より先に駅に降りる。

「今日はありがとうね! 楽しかった。また学校で!」

「こちらこそ、ありがとう! じゃあ」

 水島がホームに降りると、手を振ってくれていた。気づいた俺も振り返そうとするが、電車は出発し、気づくと水島の姿が見えなくなっていた。あぁ、やってしまった。でも、今日は楽しかった。



 一周目では、一緒に遊びに行く約束が叶わなかった。悲劇で黒く塗りつぶされたから…充実した一日になったことを心の奥底から嬉喜んだ。

 それと同時に、水島は何を抱えているのだろうと心配が募った日でもあった。タイムリープの話になったあの時の水島の顔は何だか大きな後悔を抱えているかのようだった……。