「そうだ、駅前の本屋跡にフィットネスジムができるの知ってる? 24時間営業の無人のやつだってー」
ジョウロで土植えのアボカドに水をあげながら、私はパーテーションから顔を覗かせている詩織に話しかける。
いつもと変わらない平和な日曜の朝。昨夜も終電ギリギリに帰って来たという詩織は、少し腫れぼったい眼をしばしばさせながら首を傾げて返した。
「本屋跡って……?」
「ほら、コンビニの隣の。ずっと空き店舗だったところ、ようやく工事が始まったと思ったら、今度はジムが入るって張り紙してたよ」
「えー、そっち系かぁ……」
近所で唯一あった本屋が閉店したのは、今から3年も前だ。2階にはレンタル屋も併設した少し大きめのお店で、営業時間も23時までと長くて重宝していた。駅から徒歩3分もかからないという立地もあって、いつ行っても客が多く、まさか倒産するとは思ってもみなかった。
たまに覗く程度だったが、本屋というのはいざ無くなると一気に不便に感じるものの筆頭と言っていい。いくらオンラインでも買えると言っても、本というのは今この瞬間に読みたくなって手に取るものなのだから。
「また別の本屋が入ってくれないかなぁって期待してたんだけど、私もジムには用が無いわぁ」
「だよねぇ」
「しーちゃん、何か運動とかしてる?」
「してる訳ない。身体動かしてる暇あったら、寝てるわ」
「わかる」と頷き返し、私はベランダのコンクリートの床に落ちているアボカドの葉を拾い集めていく。
「肩とか腰とか、そろそろヤバイって自覚はあるんだけどね……」
「私もー。だからって、どこかに通って強制的に運動する気にもなれない」
今度は詩織の方が「わかる」と頷き返してくる。
「24時間営業だから仕事帰りに通えるって言われてもねー。そんな体力残ってるような健康なヤツは、ジムとか全然通う必要ないじゃん。元気にその辺を適当に走ってりゃいいのに」
「あはは、確かにー」
ちょっとやさぐれ気味な詩織の台詞に、私は声を出して笑った。年齢的なものなのか、最近は疲れが溜まってくると一晩寝ただけではすっきりしないことがある。だから就業後は一秒でも早く家に帰ってきたい。帰宅途中になけなしの体力をさらに削ってこようだなんて、正気の沙汰とは思えない。典型的なインドア思考だ。
「会社の同僚に、朝活でヨガやってる子がいるんだけど」
「へっ?! 朝活ってことは、仕事前に?」
「うん、朝6時からオンラインで受けられるヨガ教室があるんだって。朝ヨガって言ってたかなぁ」
「意識高っ! そういうの、見習わなきゃいけないのは分かるんだけどね……まあ、全然無理だけどー」
朝6時と聞いて、詩織は「ひゃー」という変な声を出していた。彼女は朝8時半のゴミ収集時間にも間に合わない日があるくらい、めっぽう朝に弱いタイプなのだから当然だ。
私は低血圧でも夜型でもないけれど、会社でその話を聞いた時に詩織と同じような反応をしたことは今は内緒だ。
アボカドのお世話が全部終わり、私もパーテーション傍の柵に凭れかかるようにして、詩織の隣で外の景色を眺める。マンションのベランダから確認できるのは裏の住宅の屋根と、駅前のビル群ばかりで、その向こうにあるはずの緩やかな坂と細い市道が交わる風景は全く見えない。
ジョウロで土植えのアボカドに水をあげながら、私はパーテーションから顔を覗かせている詩織に話しかける。
いつもと変わらない平和な日曜の朝。昨夜も終電ギリギリに帰って来たという詩織は、少し腫れぼったい眼をしばしばさせながら首を傾げて返した。
「本屋跡って……?」
「ほら、コンビニの隣の。ずっと空き店舗だったところ、ようやく工事が始まったと思ったら、今度はジムが入るって張り紙してたよ」
「えー、そっち系かぁ……」
近所で唯一あった本屋が閉店したのは、今から3年も前だ。2階にはレンタル屋も併設した少し大きめのお店で、営業時間も23時までと長くて重宝していた。駅から徒歩3分もかからないという立地もあって、いつ行っても客が多く、まさか倒産するとは思ってもみなかった。
たまに覗く程度だったが、本屋というのはいざ無くなると一気に不便に感じるものの筆頭と言っていい。いくらオンラインでも買えると言っても、本というのは今この瞬間に読みたくなって手に取るものなのだから。
「また別の本屋が入ってくれないかなぁって期待してたんだけど、私もジムには用が無いわぁ」
「だよねぇ」
「しーちゃん、何か運動とかしてる?」
「してる訳ない。身体動かしてる暇あったら、寝てるわ」
「わかる」と頷き返し、私はベランダのコンクリートの床に落ちているアボカドの葉を拾い集めていく。
「肩とか腰とか、そろそろヤバイって自覚はあるんだけどね……」
「私もー。だからって、どこかに通って強制的に運動する気にもなれない」
今度は詩織の方が「わかる」と頷き返してくる。
「24時間営業だから仕事帰りに通えるって言われてもねー。そんな体力残ってるような健康なヤツは、ジムとか全然通う必要ないじゃん。元気にその辺を適当に走ってりゃいいのに」
「あはは、確かにー」
ちょっとやさぐれ気味な詩織の台詞に、私は声を出して笑った。年齢的なものなのか、最近は疲れが溜まってくると一晩寝ただけではすっきりしないことがある。だから就業後は一秒でも早く家に帰ってきたい。帰宅途中になけなしの体力をさらに削ってこようだなんて、正気の沙汰とは思えない。典型的なインドア思考だ。
「会社の同僚に、朝活でヨガやってる子がいるんだけど」
「へっ?! 朝活ってことは、仕事前に?」
「うん、朝6時からオンラインで受けられるヨガ教室があるんだって。朝ヨガって言ってたかなぁ」
「意識高っ! そういうの、見習わなきゃいけないのは分かるんだけどね……まあ、全然無理だけどー」
朝6時と聞いて、詩織は「ひゃー」という変な声を出していた。彼女は朝8時半のゴミ収集時間にも間に合わない日があるくらい、めっぽう朝に弱いタイプなのだから当然だ。
私は低血圧でも夜型でもないけれど、会社でその話を聞いた時に詩織と同じような反応をしたことは今は内緒だ。
アボカドのお世話が全部終わり、私もパーテーション傍の柵に凭れかかるようにして、詩織の隣で外の景色を眺める。マンションのベランダから確認できるのは裏の住宅の屋根と、駅前のビル群ばかりで、その向こうにあるはずの緩やかな坂と細い市道が交わる風景は全く見えない。