特に用事の無い土曜日の夜、私は必ず夜ご飯にサラダを作る。サラダの種類はその日の気分次第。野菜だけだったり、エビやハム、マカロニが入っていたり。ドレッシングをかけるだけの時もあれば、マヨネーズで和える時もある。だけど、決まって材料にはアボカドを一個使うようにしていた。
当然だけど、アボカドは栄養価が高い。そして、カロリーも高い。一個でお茶碗一杯分のご飯と同じだと聞いてから、食べるのは一日に半分までと制限するようになった。だから、一人暮らしだけれどサラダは一度に二食分をまとめて作る。土曜にその半分を食べて、残りは日曜の朝ご飯用だ。
昨日の夜に作ったサラダを、カフェオレと薄焼きのトーストと一緒に食べ終えると、「ごちそうさまでした」と手を合わせてから一度だけ大きく伸びをする。天井に向けて身体を引っ張り上げると、背中がゴキゴキと不穏な音を立てていた。
5日働いて2日休んでという、何の代わり映えもない規則正しい毎日にもすっかり慣れてしまった。大学を卒業してから6年間も同じ生活を続けているのだ、もうこのリズムが身体に染み込んでいる。
解放感を覚える金曜の夜から、じわじわと気が抜けていく土曜日。何だかんだと日曜の昼までに完全復活できていれば、明日から始まる新しい週も乗り越えていけるはずだ。
6畳のワンルームマンションに控えめに備え付けられたキッチンは、お世辞にも使い勝手が良いとは言えない。それでも何とか使いこなせているのは慣れ以外にないだろう。
食器を洗い終えると、私はシンク脇に置いていたグラスの中に手を突っ込んだ。水を張ったグラスから取り出したのは、直径3センチの茶色の球体――さっき食べたサラダに入れていたアボカドの種。昨夕に調理した時、綺麗に洗ってから水に浸しておいたのだ。
真ん丸のコロンとした形はクヌギのどんぐりに少し似ている。ああ、どんぐりも種だから、似ていても当たり前か。すっかりふやけた表面の茶色の皮を丁寧に剥がすと、中から薄っすらピンクがかった白色の種が姿を現した。
私はそれをペットボトルで加工した水栽培容器に置いて、種の3分の1だけが水に浸すようにセットする。そして、窓際の棚の上に並べ置いた。
「あ、これはそろそろ植え替えかなぁ?」
日当たりの良い棚の上に並んだ容器は20個ほど。透明のペットボトルの中の水がキラキラと壁やフローリングへ朝日を反射させている。種の様子を順に確認していくと、新たに白い根が出ている物がいくつかあった。一番古いのは四か月前に食べたやつで、長い白髭のような根っこが下からわさわさと生えていて、上に伸びた茎からは長細い緑の葉っぱが4枚も出ている。そろそろプランターへと植え替える時期だ。
ベランダへと続く窓を開き、植え替える為のプランターの用意をしていると、隣の部屋からも窓が開いて住民が外へ出てくる音が聞こえてきた。
「おふぁよぉ……」
欠伸交じりのぼやけた声を出しながら、パーテーション越しに隣人が顔を覗かせた。お隣の303号室に住む木下詩織だ。ベランダの柵に身を乗り出した体勢で、炭酸水の入ったペットボトルを持つ右手を振ってくる。
「おはよう。昨日も遅かったの?」
「うん……しばらくは面談が続くから、その資料作ったりとかいろいろね。今年はこの時期になってもまだ志望校が決まらない子が結構いるからね……」
「そっかー」
中学生向けの個別塾の講師をしている詩織は、私より一つ年上の29歳。昼頃に出勤して、夜は終電の少し前くらいの帰宅が多いらしく、普段は全く生活時間が合わないが、唯一日曜だけは休みが同じで、たまにこうしてベランダ越しにお喋りするようになった。
「何? それ土に植え替えるの? 相変わらず水だけでも凄い育ってるよね、それで何日目?」
「これは、100日ちょっとかなー」
私が手に持っていたアボカドの苗に気付いて、詩織が感心した表情を見せる。
「しかし、いつ覗いてもリンちゃん家のベランダは癒されるわぁ。やっぱ緑がある風景っていいよねー」
ペットボトルの蓋を開けて、炭酸水をごくごく飲みながら、詩織は我が家のベランダの中をしげしげと眺めていた。私は隅っこに重ねて置いていた空のプランターの1鉢へ赤玉と腐葉土を混ぜた土を移し入れながら、少し得意げにふふふと笑い返す。
日当たりだけは良いベランダの一角では、水栽培後に土へ移植したアボカドがすくすくと育っている。一番古いのでもうすぐ2年。どれもまだ木と呼ぶには低くて弱々しい苗木だけれど、全部自分が食べたアボカドから取り出した種の成長した姿だ。だから、我が子を褒められたようでかなり嬉しい。
「しーちゃんも何か植えてみたらいいのに。ここ日当たりいいから、何でも育つと思うんだけど」
「あー、無理無理。ちゃんと世話できない自信だけはめちゃくちゃある」
「えー……」
水栽培容器から出した苗木を慎重に土に植え替えながら、私は意外だという風に笑った。面倒見の良い彼女のことだから、植物だって上手に世話できそうなのに。思春期真っ只中の中学生の相手よりも、こっちの方がよっぽど簡単だと思うんだけど。
当然だけど、アボカドは栄養価が高い。そして、カロリーも高い。一個でお茶碗一杯分のご飯と同じだと聞いてから、食べるのは一日に半分までと制限するようになった。だから、一人暮らしだけれどサラダは一度に二食分をまとめて作る。土曜にその半分を食べて、残りは日曜の朝ご飯用だ。
昨日の夜に作ったサラダを、カフェオレと薄焼きのトーストと一緒に食べ終えると、「ごちそうさまでした」と手を合わせてから一度だけ大きく伸びをする。天井に向けて身体を引っ張り上げると、背中がゴキゴキと不穏な音を立てていた。
5日働いて2日休んでという、何の代わり映えもない規則正しい毎日にもすっかり慣れてしまった。大学を卒業してから6年間も同じ生活を続けているのだ、もうこのリズムが身体に染み込んでいる。
解放感を覚える金曜の夜から、じわじわと気が抜けていく土曜日。何だかんだと日曜の昼までに完全復活できていれば、明日から始まる新しい週も乗り越えていけるはずだ。
6畳のワンルームマンションに控えめに備え付けられたキッチンは、お世辞にも使い勝手が良いとは言えない。それでも何とか使いこなせているのは慣れ以外にないだろう。
食器を洗い終えると、私はシンク脇に置いていたグラスの中に手を突っ込んだ。水を張ったグラスから取り出したのは、直径3センチの茶色の球体――さっき食べたサラダに入れていたアボカドの種。昨夕に調理した時、綺麗に洗ってから水に浸しておいたのだ。
真ん丸のコロンとした形はクヌギのどんぐりに少し似ている。ああ、どんぐりも種だから、似ていても当たり前か。すっかりふやけた表面の茶色の皮を丁寧に剥がすと、中から薄っすらピンクがかった白色の種が姿を現した。
私はそれをペットボトルで加工した水栽培容器に置いて、種の3分の1だけが水に浸すようにセットする。そして、窓際の棚の上に並べ置いた。
「あ、これはそろそろ植え替えかなぁ?」
日当たりの良い棚の上に並んだ容器は20個ほど。透明のペットボトルの中の水がキラキラと壁やフローリングへ朝日を反射させている。種の様子を順に確認していくと、新たに白い根が出ている物がいくつかあった。一番古いのは四か月前に食べたやつで、長い白髭のような根っこが下からわさわさと生えていて、上に伸びた茎からは長細い緑の葉っぱが4枚も出ている。そろそろプランターへと植え替える時期だ。
ベランダへと続く窓を開き、植え替える為のプランターの用意をしていると、隣の部屋からも窓が開いて住民が外へ出てくる音が聞こえてきた。
「おふぁよぉ……」
欠伸交じりのぼやけた声を出しながら、パーテーション越しに隣人が顔を覗かせた。お隣の303号室に住む木下詩織だ。ベランダの柵に身を乗り出した体勢で、炭酸水の入ったペットボトルを持つ右手を振ってくる。
「おはよう。昨日も遅かったの?」
「うん……しばらくは面談が続くから、その資料作ったりとかいろいろね。今年はこの時期になってもまだ志望校が決まらない子が結構いるからね……」
「そっかー」
中学生向けの個別塾の講師をしている詩織は、私より一つ年上の29歳。昼頃に出勤して、夜は終電の少し前くらいの帰宅が多いらしく、普段は全く生活時間が合わないが、唯一日曜だけは休みが同じで、たまにこうしてベランダ越しにお喋りするようになった。
「何? それ土に植え替えるの? 相変わらず水だけでも凄い育ってるよね、それで何日目?」
「これは、100日ちょっとかなー」
私が手に持っていたアボカドの苗に気付いて、詩織が感心した表情を見せる。
「しかし、いつ覗いてもリンちゃん家のベランダは癒されるわぁ。やっぱ緑がある風景っていいよねー」
ペットボトルの蓋を開けて、炭酸水をごくごく飲みながら、詩織は我が家のベランダの中をしげしげと眺めていた。私は隅っこに重ねて置いていた空のプランターの1鉢へ赤玉と腐葉土を混ぜた土を移し入れながら、少し得意げにふふふと笑い返す。
日当たりだけは良いベランダの一角では、水栽培後に土へ移植したアボカドがすくすくと育っている。一番古いのでもうすぐ2年。どれもまだ木と呼ぶには低くて弱々しい苗木だけれど、全部自分が食べたアボカドから取り出した種の成長した姿だ。だから、我が子を褒められたようでかなり嬉しい。
「しーちゃんも何か植えてみたらいいのに。ここ日当たりいいから、何でも育つと思うんだけど」
「あー、無理無理。ちゃんと世話できない自信だけはめちゃくちゃある」
「えー……」
水栽培容器から出した苗木を慎重に土に植え替えながら、私は意外だという風に笑った。面倒見の良い彼女のことだから、植物だって上手に世話できそうなのに。思春期真っ只中の中学生の相手よりも、こっちの方がよっぽど簡単だと思うんだけど。