2、
何も理解できないまま、俺と椎名は屋上にやってきた。
「うーん、今日はいい天気だねぇ」
そう言いながら伸びをする目の前の美男子は、確かに男子のようだった。
男子の制服に、短い髪、手も普通に骨ばっているし、華奢ではあるが、多分男子だ。
「え、っと、椎名、さん…?くん…?」
俺が戸惑いながら声を掛けると、椎名は「どっちでもいいよ」と答えた。
「わ、悪い。少し頭を整理させてくれ」
「うん?」
「昨日公園にいた椎名さんだよな?」
「そうだよ?」
「で、え?椎名くん、だよな?」
「うん」
俺の質問に平然と頷く椎名。
「えっと、一応確認だけど、男、だよな…?」
「うん。ちゃんとついてるし」
「確認してみる?」という椎名の言葉に、俺は全力で首を振った。
「いや、結構」
「そう?」
待て待て待て。
美少女だと思っていた椎名さんは、実は男の子だったってことか!?それに気が付かずに、俺は椎名に告白した!?そんなことってあるか普通…???
「もしかして、僕のこと知らなかった?」
椎名が少し寂しそうに眉を下げるものだから、俺は慌てて首を横に振った。
「い、いや?知ってたけど?」
「そっか」とほっと胸を撫で降ろす椎名は、男子だと分かっていてもとても可愛らしかった。
「僕が女子の恰好で登校してる時があるの、結構みんな知ってるし、同じ学年の利緒くんが知らないわけないよね」
「う、うん、もちろん?」
知らなかった…マジで全然知らなかった。
まさかこんなとんでも美少年がいるなんて…。
そうか、だから悠馬に訊いたとき椎名の名前が出なかったのか。悠馬は椎名が男だと知っていた。だから美人な女子、と訊いた時、名前が上がらなかったのだ。
「と、とりあえず飯食うか」
「うん、そうだね」
俺がフェンスの前に腰を降ろすと、その横に品よく座る椎名。
持って来ていたお弁当をぱかっと開け、「いただきます」と丁寧に手を合わせた。
俺も慌てて手を合わせて、今朝コンビニで買ったパン類を口に入れる。
「………」
「………」
会話なく、黙々と食事が進む。
沈黙に耐え切れなくなった俺は、慌てて口を開いた。
「あーっと、椎名のお弁当美味しそうだな?自分で作ってるのか?」
ちみちみと小さく口に運んでいた椎名は、俺を見上げながら答える。
「そう。毎日自分で作ってるんだ」
「…偉いな」
「そうでもないよ、大体冷凍食品詰めてるだけだしね。利緒くんの分も作って来ようか?」
「あ、いや、大丈夫だ。申し訳ないし」
「そう?気にしないのに」
椎名の態度は昨日とは全く変わらず、平然としたものだった。
「あー、訊いてもいいか?」
「うん?」
「気分を悪くしたら悪いんだが……えっと、女の子の姿をするのはなんでなんだ?」
とてもセンシティブな質問であることは分かっているのだが、どうしても訊かずにはいられなかった。
なんのために女装などしているのだろうか。
「あー、別に深い意味はないよ?ただ女の子の恰好って可愛いから、してるだけ」
「そ、そうなのか…」
「小さい頃からかっこいいものより、可愛い物が好きだったんだ。可愛いから女の子の恰好をしてるだけ。それに僕、すっごく似合うでしょ?」
「確かに…」
女子だとすっかり思い込んでしまったくらいだ。
「小さい頃は身体が弱かったから、親もすごく過保護でね。僕のしてることに何も言ってこないんだ。寧ろ可愛いって褒めてくれるくらい」
「へ、へぇ…」
「この学校も自由に重きをおいてるから、何も言われないし。だから気分によって男子でいたり女子でいたりする、って感じ」
なんて自由…。いや、やたらと暗く深い話がないようで安心はしたが…。
「でもさ、やっぱり理解できない人も多いんだよ」
「え…」
「僕が女子でいたり、男子でいたりすることにさ」
確かに。俺も未だに驚いている。しかしまぁ、多様性の時代だ。こういう奴もいるだろうと少しずつ納得してきてもいる。
「好きな人にフラれたのも、それが理由」
「あ…」
そうだった。昨日椎名は、好きな人にフラれたと言って泣いていたのだ。
「…受け入れてもらえなかったんだ、仕方ないけどね…」
また悲しそうな顔をする椎名に、俺の手は自然と彼の頭を撫でていた。
「まぁ、そんな奴のことはもういいだろ。椎名に悲しい想いをさせるような奴のこと、いつまでも考えてたって仕方ないし」
俺の言葉に、椎名は目を見開いた。そしてゆっくりと笑顔を形作る。
「ありがとう、利緒くん。そういう利緒くんだからこそ、僕も一緒にいてみたいなって思ったんだ。まさかあの場で告白されるとは思ってもみなかったけど」
「あ……」
椎名が男子だったということに驚きすぎてすっかり忘れていたが、そういえばそうじゃないか。俺は椎名に、交際を申し込んだのだった……。
それは椎名が女子だと思っていたからで、まさか男子だったとは思いもよらなかったのだが、今更どういったものだろうか…。
椎名が不安そうに俺を見つめる。
「もしかして、告白したの後悔してる?」
「あ、いや、…」
自分で言っておいて、昨日の告白は撤回します、だなんて、あまりに無責任すぎる。
だからと言って、男子同士で付き合うというのも、どうなんだろうか…。
それって、ただの友人と一緒じゃないのか?
不安そうにこちらを見つめる椎名がやっぱりあまりに可愛らしくて、俺は力強く宣言してしまった。
「男に二言はない。………しかしほらまず、お試し的な感じで…?」
なんともかっこうの付かない俺に、それでも椎名は笑ってくれた。
本人も話していた通り、椎名の恰好はまちまちだった。
ずっと女の子の恰好で来ることもあるし、男子と女子交互で登校していたりもする。
男子の姿で廊下で女子達と一緒に何やら雑誌を見てはしゃいでいる時もあれば、女子の姿で体育に参加している時もある。
さすがにとても男子がやり辛そうではあったが、比較的男女問わず仲が良さそうに見えた。
「今日は真貴ちゃんなんだな」
「うん、今日は天気が良くて、ウィッグも綺麗にセットできたから」
俺と椎名の交際(仮)が始まってから、俺達は毎日一緒にお昼ご飯を食べている。
椎名は、男子の恰好の時を、「真貴」と名乗っており、女子の恰好の時は、「真貴」と名乗っているようだった。
俺は椎名を名字呼びなので、特に名前で呼び分けることはないが、男子からは「真貴」、女子からは「真貴ちゃん」と呼ばれることが多いらしい。
「ねえ、これ、見て!」
そう言って可愛らしいピンクのラメの入ったスマホケースを見せられる。
女子の恰好の時は、話し言葉さえ女子っぽい。
「超可愛くない!?お誕生日にクラスの子がくれたの!」
「え、誕生日?」
「うん!先週誕生日で」
日付を訊くと、誕生日は丁度俺と椎名が出会った日だった。
つまり、椎名は誕生日に好きな人に告白して、フラれたのだ。
俺の内心を読み取ったかのように、椎名は苦笑いを浮かべる。
「誕生日なんだから、きっと何かラッキーな力でどうにかこうにかうまくいかないかなぁ、なんて思って告白したんだけど、だめでした…」
えへへ、と笑う椎名。
もしかしてまだその人のことを引きずっているのだろうか。
それはそうか。どれほど片想いをしていたのかは分からないけれど、誕生日という大事な日に告白するほどだ。その恋を叶えたかったのだろう。
それなのに、何で俺なんかの勢い任せの告白を受けてしまったのか。
「どっか、出掛けるか」
「え?」
「お誕生日、俺お祝い出来てないし、二人で出掛けたこともないだろ?たまにはどこか遊びに行かないか?」
付き合っている(?)のに、俺達はいつもこうして昼休みに会うだけで、未だに二人で出掛けたことがなかった。
「いいの?」
「ちょっと過ぎちゃったけど、俺にも誕生日を祝わせてくれ」
そう言うと椎名はぱっと表情を明るくして喜んでくれた。
「嬉しいっ!楽しみにしてる!」
「お、おう…」
こうして見ると、本当にただの可愛い女の子にしか見えないなぁ。
「初デートだねっ」と笑う椎名に、俺の胸はぎゅっと苦しくなった。
何も理解できないまま、俺と椎名は屋上にやってきた。
「うーん、今日はいい天気だねぇ」
そう言いながら伸びをする目の前の美男子は、確かに男子のようだった。
男子の制服に、短い髪、手も普通に骨ばっているし、華奢ではあるが、多分男子だ。
「え、っと、椎名、さん…?くん…?」
俺が戸惑いながら声を掛けると、椎名は「どっちでもいいよ」と答えた。
「わ、悪い。少し頭を整理させてくれ」
「うん?」
「昨日公園にいた椎名さんだよな?」
「そうだよ?」
「で、え?椎名くん、だよな?」
「うん」
俺の質問に平然と頷く椎名。
「えっと、一応確認だけど、男、だよな…?」
「うん。ちゃんとついてるし」
「確認してみる?」という椎名の言葉に、俺は全力で首を振った。
「いや、結構」
「そう?」
待て待て待て。
美少女だと思っていた椎名さんは、実は男の子だったってことか!?それに気が付かずに、俺は椎名に告白した!?そんなことってあるか普通…???
「もしかして、僕のこと知らなかった?」
椎名が少し寂しそうに眉を下げるものだから、俺は慌てて首を横に振った。
「い、いや?知ってたけど?」
「そっか」とほっと胸を撫で降ろす椎名は、男子だと分かっていてもとても可愛らしかった。
「僕が女子の恰好で登校してる時があるの、結構みんな知ってるし、同じ学年の利緒くんが知らないわけないよね」
「う、うん、もちろん?」
知らなかった…マジで全然知らなかった。
まさかこんなとんでも美少年がいるなんて…。
そうか、だから悠馬に訊いたとき椎名の名前が出なかったのか。悠馬は椎名が男だと知っていた。だから美人な女子、と訊いた時、名前が上がらなかったのだ。
「と、とりあえず飯食うか」
「うん、そうだね」
俺がフェンスの前に腰を降ろすと、その横に品よく座る椎名。
持って来ていたお弁当をぱかっと開け、「いただきます」と丁寧に手を合わせた。
俺も慌てて手を合わせて、今朝コンビニで買ったパン類を口に入れる。
「………」
「………」
会話なく、黙々と食事が進む。
沈黙に耐え切れなくなった俺は、慌てて口を開いた。
「あーっと、椎名のお弁当美味しそうだな?自分で作ってるのか?」
ちみちみと小さく口に運んでいた椎名は、俺を見上げながら答える。
「そう。毎日自分で作ってるんだ」
「…偉いな」
「そうでもないよ、大体冷凍食品詰めてるだけだしね。利緒くんの分も作って来ようか?」
「あ、いや、大丈夫だ。申し訳ないし」
「そう?気にしないのに」
椎名の態度は昨日とは全く変わらず、平然としたものだった。
「あー、訊いてもいいか?」
「うん?」
「気分を悪くしたら悪いんだが……えっと、女の子の姿をするのはなんでなんだ?」
とてもセンシティブな質問であることは分かっているのだが、どうしても訊かずにはいられなかった。
なんのために女装などしているのだろうか。
「あー、別に深い意味はないよ?ただ女の子の恰好って可愛いから、してるだけ」
「そ、そうなのか…」
「小さい頃からかっこいいものより、可愛い物が好きだったんだ。可愛いから女の子の恰好をしてるだけ。それに僕、すっごく似合うでしょ?」
「確かに…」
女子だとすっかり思い込んでしまったくらいだ。
「小さい頃は身体が弱かったから、親もすごく過保護でね。僕のしてることに何も言ってこないんだ。寧ろ可愛いって褒めてくれるくらい」
「へ、へぇ…」
「この学校も自由に重きをおいてるから、何も言われないし。だから気分によって男子でいたり女子でいたりする、って感じ」
なんて自由…。いや、やたらと暗く深い話がないようで安心はしたが…。
「でもさ、やっぱり理解できない人も多いんだよ」
「え…」
「僕が女子でいたり、男子でいたりすることにさ」
確かに。俺も未だに驚いている。しかしまぁ、多様性の時代だ。こういう奴もいるだろうと少しずつ納得してきてもいる。
「好きな人にフラれたのも、それが理由」
「あ…」
そうだった。昨日椎名は、好きな人にフラれたと言って泣いていたのだ。
「…受け入れてもらえなかったんだ、仕方ないけどね…」
また悲しそうな顔をする椎名に、俺の手は自然と彼の頭を撫でていた。
「まぁ、そんな奴のことはもういいだろ。椎名に悲しい想いをさせるような奴のこと、いつまでも考えてたって仕方ないし」
俺の言葉に、椎名は目を見開いた。そしてゆっくりと笑顔を形作る。
「ありがとう、利緒くん。そういう利緒くんだからこそ、僕も一緒にいてみたいなって思ったんだ。まさかあの場で告白されるとは思ってもみなかったけど」
「あ……」
椎名が男子だったということに驚きすぎてすっかり忘れていたが、そういえばそうじゃないか。俺は椎名に、交際を申し込んだのだった……。
それは椎名が女子だと思っていたからで、まさか男子だったとは思いもよらなかったのだが、今更どういったものだろうか…。
椎名が不安そうに俺を見つめる。
「もしかして、告白したの後悔してる?」
「あ、いや、…」
自分で言っておいて、昨日の告白は撤回します、だなんて、あまりに無責任すぎる。
だからと言って、男子同士で付き合うというのも、どうなんだろうか…。
それって、ただの友人と一緒じゃないのか?
不安そうにこちらを見つめる椎名がやっぱりあまりに可愛らしくて、俺は力強く宣言してしまった。
「男に二言はない。………しかしほらまず、お試し的な感じで…?」
なんともかっこうの付かない俺に、それでも椎名は笑ってくれた。
本人も話していた通り、椎名の恰好はまちまちだった。
ずっと女の子の恰好で来ることもあるし、男子と女子交互で登校していたりもする。
男子の姿で廊下で女子達と一緒に何やら雑誌を見てはしゃいでいる時もあれば、女子の姿で体育に参加している時もある。
さすがにとても男子がやり辛そうではあったが、比較的男女問わず仲が良さそうに見えた。
「今日は真貴ちゃんなんだな」
「うん、今日は天気が良くて、ウィッグも綺麗にセットできたから」
俺と椎名の交際(仮)が始まってから、俺達は毎日一緒にお昼ご飯を食べている。
椎名は、男子の恰好の時を、「真貴」と名乗っており、女子の恰好の時は、「真貴」と名乗っているようだった。
俺は椎名を名字呼びなので、特に名前で呼び分けることはないが、男子からは「真貴」、女子からは「真貴ちゃん」と呼ばれることが多いらしい。
「ねえ、これ、見て!」
そう言って可愛らしいピンクのラメの入ったスマホケースを見せられる。
女子の恰好の時は、話し言葉さえ女子っぽい。
「超可愛くない!?お誕生日にクラスの子がくれたの!」
「え、誕生日?」
「うん!先週誕生日で」
日付を訊くと、誕生日は丁度俺と椎名が出会った日だった。
つまり、椎名は誕生日に好きな人に告白して、フラれたのだ。
俺の内心を読み取ったかのように、椎名は苦笑いを浮かべる。
「誕生日なんだから、きっと何かラッキーな力でどうにかこうにかうまくいかないかなぁ、なんて思って告白したんだけど、だめでした…」
えへへ、と笑う椎名。
もしかしてまだその人のことを引きずっているのだろうか。
それはそうか。どれほど片想いをしていたのかは分からないけれど、誕生日という大事な日に告白するほどだ。その恋を叶えたかったのだろう。
それなのに、何で俺なんかの勢い任せの告白を受けてしまったのか。
「どっか、出掛けるか」
「え?」
「お誕生日、俺お祝い出来てないし、二人で出掛けたこともないだろ?たまにはどこか遊びに行かないか?」
付き合っている(?)のに、俺達はいつもこうして昼休みに会うだけで、未だに二人で出掛けたことがなかった。
「いいの?」
「ちょっと過ぎちゃったけど、俺にも誕生日を祝わせてくれ」
そう言うと椎名はぱっと表情を明るくして喜んでくれた。
「嬉しいっ!楽しみにしてる!」
「お、おう…」
こうして見ると、本当にただの可愛い女の子にしか見えないなぁ。
「初デートだねっ」と笑う椎名に、俺の胸はぎゅっと苦しくなった。