ステージ中央で凛々しく立つ彼女のことを僕は遠くの方で眺めている。肩に掛けた傷と年季の入ったアコースティックギターを弾く姿は普段の物静かな彼女からは想像出来ないくらいとても魅力的で、観客席にいる全ての人達の視線が君一人だけに集まっていた。晴れた日に降る雪の街に、突然と響く光を纏ったような鐘の音。そんな自然が生み出した幻想的な美しさと人が作り上げた人工的な繊細さが混ざり合った声音で歌っている。
 心が落ち着くテンポのゆったりとした曲調なのに、胸の奥底から何処かむず痒い感情が湧き上がってくる。君が一息吸うたびにギュと心臓が痛くなって、また歌声が聞こえてくると強い引力に引き寄せられたような不思議な感覚に陥る。
 気が付けば演奏は終わり彼女が去ると、代わりに空気が割れる大きな拍手の炸裂音が暗闇のステージを隅から隅まで埋め尽くしていた。
 
 「只今、お聴きしていただきましたのは沙百合(さゆり)さんのオリジナルソング、”鬱に”でした」
 
 手元のグラスに注がれていた赤い果実酒が、低温なバーテンダーの声に反応するかのようにして波紋を描きながら広がっていた。