日陰と共にベッドに横たわる。
 俺はひたすらに、ひなたが起きて来ないことを願った。

「すみません。なんでさっきから、胸を揉んでをくるんですか? 寝づらいのでやめて欲しいんですが⋯⋯」
「いや、緊張をほぐそうと思っていただけなんだ⋯⋯」

 俺は彼女にその気になって欲しいと願いを込めて、彼女の胸を揉んでいたが注意されてしまった。

「あ、電話だ。勇? どうしたの?」
 俺は彼女が川瀬勇からの電話をとったことにショックを受けた。

 しかし、彼がいなければ彼女が拉致された時に助けられなかったから我慢するしかない。

 インドでの生活や仕事について話している声が聞こえる。
 裏切りの誤解が解けたからか、長年付き合っていただけあり2人が仲が良いのが会話からも伝わって来た。
 彼女が俺よりも、彼の方に気を許しているのが伝わって来て気持ちが沈んだ。

「緋色さん。勇が代わって欲しいそうです」
「え、俺?」

 川瀬勇はインドのスカーレットホテルで同僚の評判もよく、仕事覚えも早いという報告を受けている。
(何かあったのだろうか⋯⋯)

「白川社長、お久しぶりです。実は、小笠原製薬と森田食品の間でブライバシーを侵害する個人情報が共有されていることが分かりました」

 俺は彼がインドに行きたいと言った目的が、小笠原製薬の工場があるからと言ったのを思い出した。

 そして、彼が元在籍したのは森田食品で、2つの会社の密接なつながりについて彼は調べていたようだ。
(おそらく日陰を守るために必要な情報だ⋯⋯)

「どんな情報だ?」
「医者が患者に処方した薬から、顧客が購入した薬まで詳細の情報が含まれたデータを、小笠原製薬は森田食品の森田社長宛に提供していました」
 小笠原製薬は自社製品の購入をするとポイントが貯まるシステムを導入していた。
(ポイントと引き換えに、個人情報を得ていたのか⋯⋯それを横流ししているとは悪質だ)

 製薬会社が持っているデータはどれ程のものなのだろうか。
 治験もやっているし、処方薬からは個人の病歴も分かってしまう。
 それらは決して外部に漏らして許される情報ではない。

「そんな機密情報一体どこから仕入れたんだ?」
「小笠原製薬のインド工場長に接触し泥酔させ、IDとパスワードを盗んで社内システムにアクセスしたんです。機密情報のリストが御手洗芳雄宛に送られていました。森田社長が秘密倶楽部に出入りする時に使っていた偽名と一致します」

 彼は日陰のためなら、犯罪行為にも手を染めている。
 覚えもよく優秀な人間らしいのに、人生を彼女に囚われている。

 森田食品に就職したのさえ、小笠原製薬との強い繋がりを感じて日陰を守る行動に見える。
 一社員が社長が秘密倶楽部に出入りしている時の偽名を知ることなんてあり得ない。

 彼は兼ねてから2社の繋がりに疑問を持ち、森田食品在職時も日陰に降りかかる災難を予測し探りを入れていたのだろう。
 彼は彼女を守る為なら好きでもない女と寝て、犯罪行為にも手を染める。

「公表したら、両社とも追い込まれるな」
 おそらく、社長両名は責任をとって失職するだろう。

 うまくいけば小笠原の力を削ぐことができる。
 日陰を害する危険がある小笠原夫人や、陽子を守っている権力を奪えるかもしれない。

 でも、小笠原家が追い込まれれば、公に小笠原社長の娘と認識された日陰も叩かれてしまう。

 俺はふと日陰がいた方を見ると、彼女は消えていた。
 おそらく、俺宛に来た電話を自分が聞いて良いか分からなくて、ひなたの様子でも見に行ったのだろう。

「白川社長、日陰と盛大に結婚式を挙げてください。俺も見たいです彼女のウェディングドレス姿。日陰で生きてきた彼女を光差すところに連れて行ってあげてください」

 どうしたものかと考えあぐねたところに、彼が予想外の提案してきた。

 俺は彼女の余命の件もあり、結婚式を挙げることは考えていなかった。

 でも、本当は彼女のウェディングドレス姿を見たいし、彼女は自分の妻だと周りに知らしめたい。

 ホテルのウェディングプロポーションと称してマスコミを呼び俺と盛大な結婚式を挙げれば、彼女は小笠原社長の娘から白川緋色の妻と認識されるようになるかもしれない。

 そして、彼女の父親として小笠原社長ではなく望月健太を列席して貰えばベストだ。

 日陰を守る為には、彼女を狙う小笠原の人間から引き離すのが最善だ。

「君はそれで良いのか?」
気がつけば声に出したそれは、俺らしくない問いかけだった。
 俺は彼の日陰への深い愛情が怖い。

「当たり前じゃないですか。俺も日陰のウェディングドレス姿見たいです。綺麗なんだろうな⋯⋯」
 愛する女が別の男と結婚するウェディングドレス姿を見たいと言う彼に、なんと言って良いか分からなかった。

「白川社長。俺は引き続き、須藤玲香の死因についても探ってみようと思います。日陰は元気ですか? ひなた君がいるから大丈夫ですかね? 日陰は母親になりたいっていつも言ってたし⋯⋯」

 彼が日陰の幸せを願う純粋な想いに俺は胸が詰まった。
 俺は彼女が好きだから自分のものにしたいし、ひなたにさえ嫉妬している。

 しかし、彼は彼女が幸せなら自分はどうでも良いと思っているようだ。
 そして彼女が求めているものをよくわかっている。

「元気だよ。川瀬くん、日陰のことは任せてくれ。君は自分のことを、偶には考えたらどうだ?」
「は、はあ⋯⋯」

 俺は日陰を守るのは自分でありたいと思っている。
 彼が裏でずっと彼女を守ってきたことには感謝するが、これからは俺がその役割を担いたい。

「君は仕事もできるらしいし、これから活躍して欲しい人材だ。日陰も君が不幸になることは絶対に望まない。今まで日陰を守ってくれてありがとう。俺も人生を賭けるから、あとは俺に任せてくれないか?」

 俺は彼がいくら身を挺して日陰に尽くしても、彼女を譲る気はない。

「でしゃばりすぎましたかね⋯⋯確かに須藤玲香殺害の件が立証できて起訴されても、精神異常が認められて小笠原夫人は追い詰められませんね」
「まあ、そうかな」

 俺は彼が別れた後も当たり前のように、日陰を中心に考えていることが伝わってきて戸惑った。
 情にあつい彼女が、彼の深い想いに気がついた時する選択を想像して怖くなった。

「俺は日陰が幸せなら、それで自分も幸せなんです。自分でも変だと思うけど、本当にそうなんです。だから日陰のことよろしくお願いします。白川社長、託しましたよ。おやすみなさい」

 川瀬勇の言葉に、自分の独占欲や嫉妬心を見抜かれてしまったようで少し恥ずかしくなった。