苦手なもの────それは『変化』。

 習慣や慣れ、一見平凡だと感じられる物事に心の安定や安心感を得られる私は、その性質上、新しいものを受け入れ難い。変わりゆく時の流れに、心が上手く順応できない質なのだ。

 故に変わらないものが必要で、古いものに囲まれている方が心落ち着いた。

 それでも生きていく限り『変化』は常について回る。

 これまでの私は新しい環境に慣れることに苦労し、悩まなくてもいいことにまで労力を使い疲弊する日々を送っていた。抱えるストレスは毎日解消されるどころか増えるばかりで。

 気づけば、ただのフリーター。

 とにかくやってみようと思えたのは、久遠のお陰。

 私が断ったがために貼られていたその貼り紙。

『お針子求む』────やはり、これしかないと思った。

『変化』の少ない仕事。単調で、ただ黙々と没頭できること。

 向き合うのは、いつも自分自身だ。

────『和裁士』

 それが、今の私の肩書き。








 朝は苦手だ。充分な睡眠をとっているはず⋯⋯にも関わらずそれを実感できない身体は、上がらないモチベーションにもはや惨敗。足元に視線を落とし数えるわけでもなく読む歩数に、行き交う車の騒音やすれ違う人々の足音が無心だった意識の邪魔をする。朝から疲労困憊だった。

 あの日、久遠との再会が良き縁を運び、今では数少ない若手の職人の一人としてこの街では重宝されている。もちろん彼が背中を押してくれたというのも一理あるが、最終的に決断したの自分自身の意思だった。

 やはり着物が好きなのだ。

 だから離れられなかったのだと、今更ながら自覚している。

 今では『職人』という肩書きを私なりに誇りに思えるようになっていた。されど、技能士としては二級止まりのまま。やはり一級技能士の資格は必須かと悩んでもいたのだが、必要なのは肩書きではなく技術だと言ってくれた姉のおかげでそのまま。今の『市松』のままで充分だと美咲は言ってくれた。



 そして季節は移り変わり────。