いつもより濁った空。照明を点けていないと真っ暗な音楽室で、窓の外を眺める。
「雨が降りそう……」
二年の碧川がか細い声で呟いた。紅本も隣に並んで空を見上げる。
「ほんとだ。傘持ってきてないけど大丈夫かな?」
ただでさえ陰った心に暗雲が立ち込める。何だか不吉な予感がした。
個人練習、パート練習を終え、続々と部員が音楽室に戻ってくる。全体でチューニングを終えたら合奏の予定だ。
ところが、そうすんなり事は進まなかった。

「トランペット。FとAのピッチが高い」

教室の一番前、泉名が電子ピアノの音を止めて言い放った。金管楽器のみでチューニングをしていた時だ。ひとりずつ吹いて合わせるように言われ、その通りにする。若干の誤差はあるものの、いつもとそれ程変わらない音程だ。だから尚さら戸惑う。
しかも泉名はベースを聴くように言ったくせ、今度は俺のパートのみで合わせてくるように続けた。

「戻るまで合奏は中止。トランペットがいないと……ていうか紅本は金管のリーダーなんだから、音合わせぐらいちゃんとしてきてよ」

という台詞には、それなりにムカついた。後輩達がいる前で、お前がこれまで書いてきた小説を暴露してやろうかと思った(しかしそれをしたら俺が書いていた同人誌も暴露されるので諦念)。
……あと、ずっと自分のことを苗字で呼んでる。気付いたけどそこは触れずに立ち上がった。

「泉名、合奏が駄目なら分奏にしないか。お前はここで木管を見る。俺は第二音楽室で金管を見る。どう」
「俺は音合わせしてって言ってんだよ?」
「個人でチューナーと睨めっこしながら音合わせしてろって? それは散々やった。全体で合わせて、互いの音を聞き合うから意味があるんだろ」

自分でも胸が熱くなっているのが分かる。楽器を持つ手に力が入ってしまう。未早が言った通りだ。俺も泉名も、イライラが最高潮に達している。周りの後輩達が不安そうに俺達を見上げている。
「……とにかく、一旦分けてやろうぜ」
最後に一言言うと、泉名は黙って手を叩き、木管パートに分奏の指示を出した。
こちらも金管の部員達に第二音楽室に移動するよう指示し、空気が変わったことを確認してからため息をつく。自分らの勝手ないざこざに関係ない部員を巻き込み、スケジュールを変更するなんて有り得ない。全国の伝説だ。

自己嫌悪に頭がおかしくなりそう。

「皆、ごめんな」

移動前に声を掛けると、一年も二年も笑って「全然」、「もう一回練習できるのは有難いです」と言った。
その気遣いが申し訳なくて、未早がずっと俺の背中に譜面台のカドを突き刺してくるのが腹立って……とにかくずっと居心地が悪かった。

もう一度だけ泉名の方を見る。
自分が知ってる友人の姿じゃなくて、誰か知らない人のような錯覚がした。