ある程度予想してたが、その日泉名は研究室に来なかった。
おかげで俺は録画していたBLドラマをのんびり鑑賞することができたけど、部員達は少し落ち着かない様子だった。

「紅本、泉名と喧嘩したんだって? まったくおまいらは……めんどくさいから早く仲直りしろよ」
「喧嘩……」

トイレで一緒になった明野に声を掛けられ、思わず呆けてしまった。
日付も変わり、かれこれ冷戦二日目。改めて耳から入ると喧嘩ってすごくガキっぽいと思った。高三にもなって何やってんだって気になる。しかもその原因は、ヤツとヤツがネットリ交わるアダルト関係だ。俺と泉名がこなよく愛している……元はと言えば仲良くなったきっかけでもある、ボーイズラブ。

今日は部活の全体練習がある。よーし! (俺から謝るかどうかは分からないけど)腹を決めて泉名と話し合おう!!

帰りのホームルームを終え、さっそく音楽室に小走りで向かった。その道中だ。突然誰かに脚を引っ掛けられ、危うく顔面から転倒しそうになった。
「危な……っ!! だ、誰だ!?」
「皐月、お疲れさま! 一緒に部活行こー」
振り返ると未早がにこにこしながら立っていた。信じられない。どこの世界に走ってる恋人を転ばせようとする奴がいるんだ?
「お前……危ないからやめろよ!! 今のは下手したら救急車呼ばなきゃいけないレベルだったぞ!」
「わっ。何でそんなカリカリしてるの?」
「どっちかっていうとドキドキしてんだよ! まだ心臓がバクバク言ってる! あぁ……!」
未早を叱りつけ、ようやく落ち着きを取り戻した。くそー、何で俺の周りには変な奴しかいないのか。

「未早、今日の合奏はコンクール曲の通しだ。気合い入れていくぞ」
「あぁ……うん。でも、今日先生って来る予定だっけ?」
「泉名が指揮するんだよ。ま、あいつが欠けてもフルートは皆優秀だし、演奏には問題ない」
「何が問題ないって?」

音楽室の扉を開けようとした瞬間、背後からかかった声に五センチは飛び上がった。……俺に驚いて、未早も十センチ飛び上がった。後ろには、無表情でこちらを見据える泉名が。
「あ。いや、今のは……フルートは皆、お前の指導でハイレベルってことを言いたくて」
「あっそう」
会話を無理やりぶった切るようにし、泉名は俺らより先に扉を開けて音楽室の中に入ってしまった。タイミング悪いにも程がある。
でも今のに限らず、やっぱ総合的に俺の言い方が問題かもしれない。何でこう空回りしてしまうんだろう。笑っちゃうほど冷静になれない。

「泉名部長、もしかして機嫌悪い?」
「あー……かもな」
「皐月も?」

部屋の中で楽器の準備をする泉名から、視線を真隣へスライドさせる。
未早は静かにこちらを見ていた。ガラス玉のような大きな瞳に、自分の影が映し出されている。
動揺はしてない。むしろ嵐が過ぎ去った海のように穏やかだ。

「……どうかな」

なのに、ずっと遠くの空にはどす黒い雷雲が見える。