「今親いないから」
「そうか……。お邪魔しまーす!」
湊は自分の部屋に日戸を案内すると、しっかりドアの鍵をかけた。
「湊、やっぱり今日は学校休んだんだ」
「悪い? 心身共に行ける状態じゃなかったんだよ、誰かさんのおかげで」
憎々しく言うと、日戸は可笑しそうに笑った。
笑うな。他人事だと思って。
「あ。そうだ、お腹空いてない? お土産買ってきたんだ」
彼は手に持っていた紙袋を差し出した。そういえば来た時からジューシーな匂いが漂ってたけど。
袋には、湊が好きな駅前の肉屋のコロッケが入っていた。揚げたてなのか、まだ熱々だ。
「ふーん。食えって言われたら食うけど」
「空いてるんだね。どうぞ」
うっ、何か恥ずかしい。
「……サンキュー」
さすがに悪いんで、飲み物は用意した。二人で絨毯が敷かれた部屋に腰を下ろし、寛ぐ。
「美味しいね、ここのコロッケ。行列ができてたから買ってみたんだけど」
「まぁな。それに出来立てだし」
そういえば俺も久しぶりに食ったっけ。美味い。
昨日の激しい恨みすら忘れさせてくれる。コロッケってなんて素晴らしい食べ物なんだろう。
感激しながら頬張っていると、
「口の周り、すごい汚してるよ」
顎を持ち上げられて、ティッシュで拭われた。
「あ……ありがと」
まぁ、頼んでないんだけど。一応礼を言う。
「どういたしまして」
そう言った彼の笑顔は、見てるこっちが溶けそうなほど甘いものだった。
なんだ! 何考えてんだ、俺。
今の笑顔なら、もっと見たい……なんて。男なのに引き込まれそうになってる。自分が、怖い。
「どうかした?」
「別に……」
落ち着け。イケメンなだけじゃん。イケメンだからって腹立つだけだし、性格はド底辺だろ。
そのはずだ……絶対。
「うわっ!」
ついボーッとしてると、ベッドの上に押し倒された。
「さてと。美味しかった?」
「え……? あ、あぁ……ご馳走様」
急に何だろう。訳が分からないまま彼を見上げる。
「良かった。でも俺、また可愛い湊を食べたくなっちゃってさ」
さすがにそれの理解は早かった。
「何バカ言ってんだよ」
バカップルでもそんな寒いことは言わない。
子どもみたいに食べ物につられた自覚はあるが、“痛さ”の度合いはお互い様だ。
日戸は体を傾けて、湊と同じように横になった。そして何故か頭まで布団を被った。暗い布団の中に二人で篭る謎の状態。ある意味これも密室で、密着している。
「何してんですか? 暑苦しい」
「あはは、でも楽しくない? 修学旅行みたい」
日戸は上機嫌でスマホの懐中電灯を点ける。
それでようやくお互いの顔を視認できた。確かに、これはこれで何か特別な空間みたいだ。
「あ、湊は二年生なんだっけ」
昨日電話番号を吐かされた際、大体の情報も彼に伝えた。
「てことは今年は修学旅行に行くんだよね。良かったじゃん」
「あぁ~ん? 行かないよ、あんなの」
ニコニコしながら言ってきた日戸に、冷たく切り捨てた。
「行かない? どうして」
「金の無駄だからに決まってんだろ。俺の学校は行く人間の方が少ないよ。だから俺も行かない」
そう。大体、行って楽しいメンツじゃない。
学校の行事なんて基本全員休むし、参加人数が少な過ぎて体育祭も取り止めになった。
皆が興味を持たないから、なおさら興味をなくす。────真面目に来る方が笑われるから。
「そうかなあ……」
暗がりの中で微かに見える日戸は、自分のことのように真剣な顔をしていた。真面目だな、ホントに。
「三年になったらロクな行事はないし、やる暇もなくなるよ。今のうちにたくさん思い出作らなきゃ!」
「……行ったってつまんない」
それ以外に、それ以上に理由なんてない。めんどくさくて子供みたいにそっぽを向いた。
幼稚な対応だ。優等生の彼は怒るかと思ったけど、予想外の言葉が返ってきた。
「じゃ、俺と行こうか。旅行」
「……え」
聞き間違いか?
今、旅行しようって……驚いて見返すと、彼は目を輝かせていた。
「学校とは関係なしで。皆が修学旅行に行ってる間、二人でどこか行こうよ」
「は……本気? 冗談だろ」
────こんな真面目な奴が。
「いいじゃん。どんな形でもいいから、楽しいことしなきゃ。修学旅行は、湊が行きたくないなら無理して行く必要ないよ」
誰も行かないなら尚さら、と彼は付け加えた。
「嫌なことと違ってさ。楽しいことは自分次第でいくらでも替えが利くと思うんだよね。得じゃない?」
そういう考え方もあるのか……。
日戸は穏やかな顔で微笑む。他人事だからか、とても簡単に言ってくれた。
……楽しい予定なんてこの先何もない俺に。
「……修学旅行は休む」
「オーケー。そんで、予定空けといてね!」