「……っ!」
確かに。彼の言うとおり駅員に見つかったら面倒なことになる。自業自得だけど、クラスメイトもいなくなった今自分達だけが制裁を受けるのも癪だ。
腹立たしいことこの上ないが、諦めて彼についていくことにした。


駅から遠ざかり、人気のない方へ。線路に沿った小路を並んで歩く。
「寒い?」
「当たり前だろ……っ」
湊は日戸の隣で、震えながら吐き捨てた。鏡がないから分からないが、唇は紫色になってる気がする。
「そりゃそうか。はい」
パサ、と何かが肩に掛かる。見れば彼のブレザーだった。
こいつのせいとは言え、一応礼を言った方が良いか。
「ありが」
「誰かさんのせいでジュースくさいけど、我慢してね」
うっ……。
クラスメイトをつかったこと、やっぱりバレてたのか。
気まずさに押し潰されそうになりながらも、彼に案内されてたどり着いたのは一件の家だった。

「ここは?」
「今は誰も居ないから大丈夫。上がって」
日戸は湊の手をしっかり掴んで、強制的に家の中へ入れた。
中は綺麗に片付いていたものの、どこか余所余所しい態度の日戸に違和感を覚える。
「ここ、アンタの家?」
「いーや、元父親の家。でも合鍵貰ってて、いつでも入っていいって言われてるから」
なるほど……。 ちょっと、訊いたらいけないことだったか。
色々考えて顔に出てたのか、日戸は笑って返した。
「別に大変じゃないよ。母親とは普通に仲良く暮らしてるから」
「ふうん……でも俺なんか上げていいのかよ。信用し過ぎじゃね?」
「信用はしてないから大丈夫」
ばっさりと言い切られた。てか、何が大丈夫なんだ。
「学校から近いからこっちに来ただけ。ぬれた子犬みたいになってさ、あのまま帰してたら君風邪引きそうだったし」
日戸はタオルを用意して、手渡してきた。

「ほら。シャワー使っていいから」


…………。

全く関わりのない他人の家で、温かいシャワーを浴びた。
あったかい。さっきまで死ぬほど寒かったから、本当に安らぐ……けど……。
大体、何でこんな事になったんだ?
あいつに一泡吹かせる為に近付いたのに、これじゃ恥の上塗りだ。
もやもや考えてると勢いよくドアが開き、同じく全裸の日戸が入ってきた。

「うっわ!! もう、今度は何だよっ!?」
「俺も気持ち悪いから早くシャワー浴びたいんだよね。ちょっとどいて」

湊を押しのけ、彼はシャワーヘッドを手に取る。狭い浴室に男二人はかなりきつい。所在なく視線を泳がせるしかなかった。
日戸は頭からお湯をかぶると、さっきまでと別人に見えた。
「……あ」
確かに、セクシーかもしれない。
こういうの何て言うんだろ。
……魅力、とか。

「服」
「え」
「今洗濯してるから。出る頃には洗い終えると思う」
「あー……。サンキュー」

お礼を言うと、シャンプーで頭を洗いだした。
「どういたしまして。そういえばさ、君……名前は?」
そう言われてハッとした。湊は前情報で分かっていたが、彼は自分のことを全く知らない。にも関わらずこうして家に上げたり、会った日には……キスしてきた。
「久津那……湊」
「へぇー。じゃあ湊って呼んでいい?」
「好きにすれば」
風呂の隅っこで適当に返事すると、彼は突然近くへ寄ってきた。
「ねぇ、湊って処女?」
「はっ!?」
身震いした。何その質問……。

「童貞って訊きたいの?」
「ううん。“こっち”が処女か知りたい」

意味が分からず戸惑う湊の腰を、日戸はゆっくり撫で上げた。
どこ触ってんだ、こいつ!
「当ててあげようか」
グッ、と彼の指が奥まった嫌な部分に触れる。
────そうか、そういう事か!!
「いやいや当てなくていーから!」
全力で彼を突き飛ばし、距離をとる。
「ゲイかどうか確かめたいんだろ!? 俺は一般人だよ、健っっ全な! 初めて会った時にわかるだろ女ナンパしてたんだから!」
身の安全を第一に、とにかく捲し立てた。息継ぎもせずに叫んだ湊に、日戸は盛大に吹き出す。
そりゃそうか、ととても楽しそうに手を叩いた。
こいつは馬鹿なのか頭良いのか……。
「そうだよ。俺はもう出るっ!」
身の安全第一だ。風呂場から出て、替えの服を着ていると日戸も隣にやってきた。
「アンタ、男が好きなのかよ」
「うん。多分」
“多分”?
さらっと、他人事のように言う。
「俺にキスしたのは……何?」
シャツを着ると、こちらの濡れた髪にドライヤーを向けた。
「湊さぁ……。初めて会った人間にあんなことすると思う? 下心があるって考える方が普通でしょ」
「下っ……俺に、気があるってこと……?」
「顔はタイプ」
彼は眉一つ動かさずに言い切ってみせた。
ホントかよ、って思うぐらい無表情。あと顔って……こいつも俺と同じぐらい最低だな。

ただ、髪を弄る手つきは……何故なのか、凄く優しい。
「引いた?」
「さぁ。鳥肌は立ったけど」
「湊は馬鹿だな。それを引いてるって言うんだよ」
「…………」
なんなんだろ、こいつは。
たかが数日前に会った奴に好きとか、自分がゲイとか言う? 普通……。

「……変な奴」