「あー、お腹いっぱいだなぁ。今二十時か」

中居さんがテーブルを片付けてくれた後、圭一はスマホを見て小さく息をついた。
「よし、食後の運動ってことで散歩行こうか」
「ほんとっ?」
不自然なほど、その誘いに声が弾んでしまった。
「うん。なに、そんなに行きたかったの?」
「え。あ、別に……」
反射的に飛びついてしまったけど、恥ずかしくなって顔を背ける。やっぱり、ちょっと不審に思われただろうか。
横目で伺っていると、圭一は気に留めることなく立ち上がった。
「まぁいいや。じゃあこのまま行こう。温泉街だから着替えなくても平気だし」
「あ、あぁ。そうだ圭一、ちょっと先に外出てて。俺トイレ行ってから行くから」
「そ? わかった、じゃあロビーで待ってるね」
彼が部屋から出て行った後、財布ともう一つ大事な物を持って、湊も外へ出た。



「海の前だけど、意外と寒くないね。羽織なくても良かったぐらい」
「そうだな」
旅館は海の目の前だった。
二人で歩く道は真っ暗で人気がなかったけど、海のずっと向こうに見える街の光がとても綺麗だった。
何重にも重なる光、気持ちいい夜風、潮の香り。
とても贅沢な時間を彼と過ごしている。普段は地元をうろつくことしかない高校生にとっては現実離れした状況だ。満足過ぎて逆に現実味がない。

「ちょっと、ここらへんで休もうか」

圭一はよいしょ、とコンクリートの上に普通に座った。
「汚れないか?」
「大丈夫だよ。多分」
子どもみたいに笑う圭一に何故かホッとして、俺も隣に座った。
やっぱり、浴衣姿の彼は一味違う。すごく新鮮で、目を奪われた。
「湊、またボーッとしてる」
「してないよ。アンタを見てただけ」
今回は違うんだと主張したい。嘘もつかないでおく。
「へぇ。何で?」
「やっぱり、浴衣似合ってるな、と思って」
「……」
それを聞くと、圭一は珍しく露骨に頬を赤らめた。

そこは照れるのか……。不思議に思って見つめてると、圭一は夜空を見上げた。

「あー、ホントに来れて良かった」
「俺も。わざわざありがとな」

自然と力が抜けて、肩が触れる。何か気恥ずかしくて切り出せなかったけど、今なら言えそうだ。
「俺が修学旅行に行かなかったから……連れて来てくれたんだろ」
「え。だからそれは違うよ。前も話したけど、浴衣姿の湊が見たいっていう下心があって」
圭一は何か一所懸命に言ってるけど、正直耳に入って来なかった。
「おーおー、分かった。とにかくありがとう。約束、守ってくれて」
「……うん」
聞こえるのは波の音。あと、自分の心音だけだ。
「でさ、圭一。クイズなんだけど、今日が何の日か知ってる?」
「えっ? 今日何かあったっけ」
俺の言葉に面食らったように、圭一は瞬きを繰り返した。

「ヒントは圭一に関わること」
「範囲広すぎない? 二週間前の仕返し?」
圭一は思い出してから苦笑した。
その様子が面白くて、さらにからかいたくなる。
「じゃあサービス。圭一だけじゃなくて、俺にも関わること」
それでもやはり、範囲は広い。
「どうしよ。分かんないなぁ……」
「じゃ、今回は俺の勝ち」
湊は、袖の中から小さな箱を取り出した。

「今日は俺達が付き合ってちょうど三ヶ月なんだよ。だからプレゼント」

ケースの中に入っているのは、銀色に輝くペンダントが二つ。
「えっ、これって」
「お揃いだよ。リングでも良かったんだけど、俺的にこっちのが気に入ったから」
結局自分の趣味で決めた、と笑って言った。

「ネックレスならどこでもつけられるだろ? ……つけてることを忘れててもさ、気付いた時に俺のこと思い出してくれれば……」

……はっ。
言ってるうちにどんどん恥ずかしくなってきて、声が小さくなる。
反応を見るのが怖かった。

────拒絶されないか。
二週間前チケットを渡した圭一はこんな心境だったのかな、と密かに考える。
「ちょっと、これは気に入らなかった……?」
あまりに反応がないので怖くなる。恐る恐る顔を上げて彼を見ると、

「嬉しい……」

圭一も固まっていた。どうやら嬉しいらしい。
「ほんと? 良かった……」
とりあえず拒否られなくて安心する。
「じゃ、さっそく付けてよ。俺も付けるから」
促すと、彼はペンダントを付けてくれた。正直自分がつけるより似合ってると思う。
バイトで貯めた給料をほとんど注ぎ込んだんだけど、後悔はない。
「あぁ、良いね。あと俺のセンスの良さに感動……」
自信を取り戻して、冗談混じりに褒める。だけど圭一の反応は言葉じゃなくて。そのまま優しく、唇を奪ってきた。
「ん……っ」
柔らかい唇を吸うように、激しく求められる。やがて濡れた舌が唇を押し入って侵入してきたため、喘ぎ声をもらしてしまった。
「や……っ……圭一……っ」
途切れ途切れに言うと、解放して貰えた。
「ごめん。これ以上は俺も……」
その先は何となく察して頷いた。今度は額にキスをされる。

「ありがとう。部屋、戻ろっか」」

彼が綿密に立てたプランとやらでは、この後は露天風呂へ行く予定だったのに。
俺達は客室へ直行した。布団は既に敷かれていた。でも部屋の明かりはつけない。

「湊、おいで」

誘われるまま、彼の腕の中に抱かれる。
「……っ」
ただ、欲しくて。
彼以上に自分の方がソッチのことで頭いっぱいだったらしい。
彼を求めながら、脚を開いた。
「入れるよ」
怖かったけど、頷いた。
後にくる衝撃に思わず仰け反る。息を整えるのに必死でいると、圭一は顔を近付けて囁いた。
「大丈夫? 震えてるけど」
それは気付かなかった。
痛いからか、怖いからか、……嬉しいからか。
「……大丈夫」
彼の浴衣を握り締めて、湊は答えた。
「できるだけ、優しくすんね」
頬にキスすると、圭一は動き始めた。
「あっ、やぁ、あ……っ!」
それからも必死で彼にすがりついた。そうしないと振り落とされる様な勢いだったから。
ただ、興奮してるのはお互い様らしい。それが分かれば充分だった。

「湊……俺の、湊……っ」

名前を呼ばれても反応できないぐらい感じていた。
初めて共に過ごした夜は、あっという間に過ぎていった。