そして一週間後。
「あ~! 可愛いね湊! もう見慣れてるけどね! それでも可愛いのはやっぱり流石」
「うるさい黙れ」
騒々しい圭一を連れて、湊は電車に乗った。
「制服の湊も良いけど、私服も良いね。大人っぽく見える」
「どーも。ていうか、圭一も」
これはお世辞じゃなかった。来年高校を卒業してしまう彼は、どんどん自分より大人びていく。
彼の制服姿も来年の三月で見納めだ。そう思ったら途端に寂しくなった。
歳をとったら卒業するのは当たり前なのに。……変だな。
「こちらのお部屋でございます」
片道二時間ほどの特急で、目的の旅館に着いた。泊まる部屋に案内されて、ようやく腰を下ろして寛ぐ。もう少ししたら日が落ちそうだ。
「すごい。外海が見える」
「いいね。夜ちょっと散歩しようか」
窓を開けて言うと、圭一は隣に並んで振り返った。
「……うん」
ようやくワクワクしてきた。って、遅いか。
「よし、夕食は十八時半だから……早速お風呂行こうか! そして寝る前に露天風呂行こう!」
「ちゃんと決めてんだな」
呆れと感心という相反した感情を抱きながら、彼に連れられるまま大浴場へ向かった。どうもここは二つに分かれてるらしくて、露天風呂はちょっと離れた別棟にある。
二人ともタオルを巻いて、湯気がたってる大浴場へ入った。
「あー……熱いけど生き返る。やっぱりでかい風呂は何か違うね」
「温泉だからね。効能もあるから、しっかり長く浸かっときなよ」
圭一は隣に座って、やれやれと目を瞑った。
「圭一、何かオッサンみたい。温泉好きなの?」
「大好きだよ。銭湯も大好き」
「へぇ~。意外」
こいつが銭湯に行く姿とか想像できないんですけど。
腑に落ちないまま脱衣場へ戻ると。新たな問題に戸惑ってしまった。
「あれ、どっちが上だっけ」
彼が部屋から浴衣を持ってきてくれてたんだけど、着方を忘れしまっていた。
「左が上だよ。右は死んだ人。先生に教わらなかった?」
先生って学校の……? そんな機会どこで入手すんだよ。
ツッコみたかったけど謎のプライドが邪魔して口を噤んだ。結局圭一に帯まで結んでもらった。
こういう所はほんと……兄貴みたいなのにな。
「これでよし。まぁ旅館の浴衣だし、解けちゃった時も結び方は気にしなくていいよ」
「あ……ありがと」
「どういたしまして。湊の浴衣姿初めて見たな。すごい似合ってる」
圭一は優しく笑った。
正直その笑顔にこっちが見惚れてしまいそうで、顔をそらしてしまう。
「圭一も……似合ってるよ」
横目で見ながら呟いた。直視できないのが悔しい。
「はは、ありがと。あと、髪乾かそっか。そのままじゃ風邪ひいちゃう」
椅子に座らされ、ドライヤーで乾かしてもらった。
「あの……いいよ。人来たらハズいし」
「まーまー、いいじゃん」
他人事だと思って、と不満に思うけど。
それなら何でこんなに甘やかしてくるのか。
あぁ、恥ずかし……。
「うん、美味い!」
それから客室に戻り、夕食を二人で食べた。
「部屋食は楽だなー。全部用意してもらえるし」
いい具合に煮込まれた鍋の肉を頬張り、圭一はウンウンと頷く。
「圭一は旅行、結構行くの?」
「昔はよく行ったよ。親が離婚してからは一度も行ってないけど」
「あ……そっか」
そうだった。圭一の親は、彼が高校に入った直後に離婚したらしい。
今は母親と二人暮らし。養育費を元父親から出して貰えてるため、今通ってる私立の高校は問題無いらしいけど、進路はどうすんのかな。
不安に思ってると、圭一は箸を置いて少し腰を浮かせた。
「ごめん、今のなし。昔の話は良いんだ。久しぶりに来れた旅行が湊と一緒だったから、最高に幸せ」
「何言ってんだよ」
昔のことだって、それは家族が全員揃っていた大事な思い出のはずだ。
「これから何回でも行けるよ」
それしか言えなかった。
それでも、……それだけは約束したかった。
これからいくらだって、笑わせてやりたいから。
「……だよね。ありがと、湊」
そう言って笑った彼は、いつもよりはちょっと元気が無かったけど。
彼が笑うから、俺も笑った。