────昨日、俺は越えてはいけない線を自ら越えてしまった。
その場のノリと勢いでまた日戸とヤッってしまった。成り行きじゃ済まされないし、何の為に学校休んだんだ。俺の馬鹿……。
ただでさえ最近はサボることが多かったから、今二日連続で休んだらマジで単位が危ない。留年してもう一年あの学校に通う方がしんどいと思って、今日は渋々学校へ行った。教室に入ると、湊に気付いたクラスメイト達が一斉に声を掛けてきた。
「おっ湊じゃん! お前一昨日大丈夫だったのか?」
「あぁ……」
日戸に復讐しようとしたメンツがわらわら集まる。
「あっそ、良かった~。ムカつくよな。後ちょっとであいつをぶっ飛ばせたのに」
「……」
何が後ちょっとなんだよ、と思う。
日戸にまだ何もされてないうちに俺を置いて逃げたくせに。しかしイライラを悟られないよう席に移動して、鞄を投げ捨てた。
「で、どうする。もういっぺんシメにいく?」
またシメられんのがオチだろう。心の中で回答して、窓の外を眺めた。早く一人になりたくて。
「もういいじゃん、あんな奴。……ほっとこうぜ」
素っ気なく答えると、それを聞いていた周りが便乗して間に入ってきた。
「えぇ~? 何だよ、根性ねーな、湊は」
「そりゃそうだよ、こいつはウチで唯一の女子だし」
好き勝手言ってるクラスメイトが鬱陶しかった。
それもあってか、結局中抜けしてしまった。
確かに根性ねえな……。
でも家に帰る気にもなれず、ゲーセンに寄って遊ぶことにした。
気持ちが晴れない。しかし何故かそういう時に限って頭が冴える。大して上手くない格ゲーが気づけば最高レベルにまで達していた。
でも気分は晴れない。ガチャガチャとうるさい騒音の中なら何も考えずに済むと思ったのに。
「なぁ、今ひとり?」
手を止めて顔を上げると、知らない少年が三人目の前に立っていた。
……嫌だな。今は誰とも喋りたくないのに。
「制服着てるけど、学校はどうしたの? 暇ならちょっと遊ばない?」
「いや大丈夫です」
めんどくさいから見向きもしないでゲームに戻る。でも……そうか、制服で真っ昼間からこんなとこに居たら目立つよな。
「つれねえな、いいからちょっと来いよ」
「……っ」
ボタンを叩いていた手がぶれた。強引に腕を掴まれ、立たされる。相手は粘着するタイプのようだ。大人しくしてようと思ったのに、今ので何かが切れた気がした。
「ひとりで寂しそうだから俺らが相手してやるって言ってんだよ。いいから来いって」
何故か腕を掴む彼は息を荒らげていた。気持ち悪くて鳥肌が立つ。
「離せよ!」
「おい、暴れんな……!」
抵抗しようとした途端、見兼ねた他の奴らまで押さえつけようとしてきた。
「……っ!」
だけどそれとは違う力で後ろに引っ張られて、誰かの胸に抱き締められる。
────今度は何だ。
いい加減いやになった時、聞き覚えのある声が降りかかった。
「乱暴はやめてくれないかな。嫌がってるでしょ」
「は? 誰だお前」
突然現れた人物に彼らは怒りながらも戸惑う。
「あっ……日戸じゃ? ほら、双葉高の……」
「うわ、ほんとだ。めんどくせぇから行こうぜ」
彼の正体がわかると、あっさり引き下がって去って行った。
助かったけど、何か腹立つ。とりあえず肩を突き飛ばし、目の前に佇む彼を睨みつけた。
「礼とか言わないからな。誰も助けてくれなんて言ってないし」
「別に求めてないけど、会って早々ツンツンしてるね」
同じく制服を着た少年、日戸は呆れながら離れた。
「湊、学校サボって遊んでたの?」
「だったら何だよ。誰かに迷惑かけました?」
「さぁ……。でも当然だよね、こんな所でフラフラしてたら今みたいなのに絡まれるのは」
遠まわしに説教されてる。イライラが倍増した。
「アンタこそ、こんな時間に何してんだよ。不良じゃん」
「残念、これからほとんど午前授業なんだ。君とは全っ然置かれた立場が違うの」
正論だけど、その言い方は本気でムカついた。
「あっそう! じゃあ夜までここで遊んでれば!?」
鞄を持って彼の横を通り抜けた。が、さっきと同様に腕を掴まれる。
「何だよ! まだ何か用」
「うん。何でそんな怒ってんの?」
「まっっったく怒ってないけど!?」
「超ご機嫌斜めじゃん」
前髪を持ち上げられて、彼は覗き込む様に顔を近づけてきた。
「何かあったんだろ」
「………何もないっ!」
手加減は一切せず、彼の手を払いのけた。
赤の他人のくせに、何で一々いらない所に介入してくるんだろう。
そして、何で虚しくさせられるんだろう。
焦りと苛立ちが八つ当たりに近い感情を生み出した。
「そもそも、全部アンタのせいだよ。最初にアンタが出しゃばるから。だから……」
いや……それは違うって分かってた。
全部自業自得だ。自分達が悪かったから、彼は“正しい”ことをしたんだ。それなのに────、
「……学校で何かあったの?」
前を見ると、腕を組んだ日戸がこちらを見ていた。
「もしかして俺が原因……とか」
さすがに察しが良い。
でも違う。根本的な原因はそうじゃない。
単に、俺が優柔不断だから。学校すら居心地が悪くなってるから、こいつに八つ当たりしてるんだ。
最悪だな、俺。
「……ごめん。違うから、さっきの忘れて」
いっかい頭を冷やさないと。
そう思ってゲーセンから出た。なのに日戸は何故かついてきた。さも当たり前のように隣に並んでいる。
「そんなに暇? 受験生だろ」
「まぁね。でもそれとは別に……湊が寂しそうだから」
「さっ……!? 鳥肌立つようなこと言うなよ、あり得ねーから」
寂しいなんて思ったことはない。
そう見えてるっていうのにも心外だ。
「アンタってしつこいよな。それで嫌われたりしないのかよ」
「全然。俺みたいなイケメンにつきまとわれて気を悪くする子はあんまいないからね」
「……」
ここまでくると彼の高飛車な態度は怒りを通り越して呆れる。
苦笑したけど……とりあえず現実を忘れられた。
「待って!」
けど日戸は突然足を止めて、細い道の方へ入って行った
「何だよ?」
「カツアゲされてる子がいる」
「はぁ……よくぽんぽん見つけるな。歩く不正探知機の称号をやるよ」
日戸の隣に並んで先を覗くと、確かにカツアゲの現場だった。一人の少年を、二人の高校生が囲っている。しかもその二人は、
「湊と同じ制服……同じ学校だね」
「そうだけど。知り合いじゃないからな」
湊と同じ学校の生徒だ。
「さ、助けに行っちゃおうかな~」
そして普通に乗り出していく彼。自信に満ち溢れてるからかもしれないけど、何に対してもノリが軽い。
「あいつは俺らの時と違って他校の人間じゃん。何で助けんの」
別に助けるなって言うわけじゃない。素直に疑問なんだ。彼の目的が。
「何の意味があんの? その……活動」
訊くと、彼は静かに微笑んだ。
「大丈夫、人の為じゃないよ。俺の為にやるんだ」