「殺した」と震えながら伝えてくるその言葉は、彼女が当時どれだけ残酷な目にあっていたか伝わってくる一言だった。
 僕はなんて声をかけて良いのか、正解はなんなのか分からない…分かるはずがなかった。

 目の前にいる美里が苦しそうで今にも消えてしまいそうで、違和感なんてどうでもいいから繋ぎ止めたいと咄嗟に思い、気がついたら抱き締めていた。


 「和泉くんには嘘がつけない。本当の自分を知って欲しかったの。私は弱い人間だったみたい。ごめんね…」


 そう苦しそうに話す彼女の言葉で、あの作文を思い出した。

––––秘密を打ち明けて、気持ちが晴れるのは、打ち明けた人だけです。秘密にしている自分に耐えきれず、全て解放されたいと願う。だったら初めから秘密なんて作らないほうがいいです。そんな弱い人は秘密を作った時点で負けです。


 美里が言う「弱い人間」という言葉に僕はグッと力が入る。僕自身も、当時知っていたのに何もできなかった「弱い人間」だからこそ、今打ち明けてくれた美里がどれほど「強い人間」に見えたか。


 「大丈夫。今度こそ俺が美里を守る。だからもう何も背負わないでほしい。俺と秘密を共有して、二人で乗り越えよう」


 美里は首を縦に振る。それから夕陽に照らされながら、二人で当時の話をした。美里は思い出したくもないだろう、母親から受けていた事全てを打ち明けてくれた。それはとても残酷で、他人である僕ですら目を逸らしたくなる事ばかりだった。


 「ごめん俺あの時何もできなくて…」


 言葉がうまく出てこない僕を見て、美里は言った。


 「ううん。私があの時誰かに助けを求めればよかったの。和泉くんは何もできなかったなんて言わないで。私、学校に行くといつも和泉くんがいて、笑ってる和泉くんを見て、救われてた。教室でね、和泉くんの背中見て元気もらってたの。あの頃の私にとって一番好きな時間だったよ」
 「…そっか。でもなんか照れ臭いな」


 一目惚れをしてから今まで、もしかしたらとは何度も思った。両思いなのではいか、上手くいくのではないか。当時も今も自信が持てずにモタモタしている僕にとっては、今の言葉はとんでもなく嬉しいものだった。


「守るって言ってくれて嬉しいけど和泉くんは何もしないで。悪者になんてならないで」
「でも俺…」
「そのままでいて、お願い」
「分かった…」
「私、幸せになっていい人間じゃないってずっと思ってた。でもまた和泉くんに会えて、自分の気持ち抑えておくことがもう限界だった。これから迷惑かけることあるかもしれないんだけど、その時はごめんね」


 好きな子に、気持ちが抑えられなかったと言われて手が出ない男がこの世にいるのだろうか。恥ずかしそうにしている美里に僕はキスをした。


 「えっ」
 「ごめん」


 二人で笑い合った。何もなかったあの頃のように。


 「寒いね」


 って言いながら手を繋いだ。


 「碧くんの手あったかい」


 「碧くん」という呼び方に胸がキュッと鳴った。


 「だろ?いつでも温めてやるからな」


 そう言うと美里は少し照れたように、くしゃっとした笑顔で笑った。
 この時、僕は美里の笑顔から感じる違和感に気づいていないフリをした。それは、少しの時間でもいい思い出を美里と一緒に過ごしたかったから。目の前にいる美里の言っていることを全て信じる。美里になら騙されてもいいや。そうとも思っていた。


 「好き」と言う言葉を言わなくても、通じることがあるんだと初めて知った昨日、確かに僕の人生の中で一番幸せな日だった。彼女が犯した罪というのは、消せない。あの作文でも言っていたように、踏み止まれなかった人が悪人。それは僕も同意だった。何があっても犯罪というものはしてはいけないこと。法律で定められているように、それは世界共通だし、幼い頃から警察官である父さんにそう教えられて生きてきた。警察官の息子が犯罪者だなんて、それこそ世間は面白おかしく噂をするだろう。
 ただ僕は今、彼女が笑って生きられている事が何を天秤にかけても上回る、嬉しい事だった。あの日あの時、彼女が目の前で見ていた景色はとてもじゃないが想像が出来ない。想像をして分かった気になってはいけない事だとも思った。そして彼女がした選択のお陰で、今一緒にいられているとするならば、僕は彼女のした選択にありがとうと言いたいくらいだった。

 でもこの時の僕は、長年の想いが繋がった事への喜びが、彼女を守ると言った言葉よりも上回ってしまっていたように思える。大好きな彼女と想いが重なり、二人で将来を話し合えることがどれだけ嬉しいか、幸せで堪らなかった。
 日曜日、二人であの山に登った。


 「あの頃もっと大きく見えてたけど、意外とそんなでもないね」


 なんて二人で話しながら楽しく登った。
 山からの景色を見て、美里が言った。


 「やっぱりここからの景色が一番綺麗だね」
 「そうだな」


 幸せな時間だった。誰にも邪魔されない二人だけの時間。


 「碧くんは将来何になりたいとかあるの?」


 いきなりの質問で驚いたものの、「これからの二人」に関しては重要なことでもあるとすぐ理解できた。


 「んー、まだ決まってないけど、何かを生み出す人はすごいと思ってる」
 「生み出す人?」
 「そう、絵とか小説とかもそうだけど、0を1にする人。もう既にあるものを継続させることもすごいと思うけど、何もないところに花を咲かせるのはもっとすごいことな気がするんだ」
 「…素敵だね。碧くんらしいよ」

 彼女はそう言って真っ直ぐ前を向いた。


 「美里は?」
 「私は、平凡に生きていきたい」
 「ん?それなりたいものじゃないじゃん!」
 「平凡に生きて、結婚して、母親になって。あの人よりちゃんとお母さんになりたい」


 はっきりそう言う美里の言葉には強い意志を感じた。


 「必ず、なれるよ。絶対ね」


 僕はそう言って、美里の手を握った。二人で幸せな時間を過ごしている正にその瞬間に、何が起こってるかも知らずに、二人は二人だけの時間をただただ過ごした。
 

 次の日学校に行くと、今にも降り出しそうな曇り空が教室の明かりを妙に目立たせていて、クラスのみんなが携帯を見て何か話しているのが分かった。声をかけると、裏掲示板のページを見ていた。そこに投稿されていたのは、昨日の屋上での僕と美里の会話を隠し撮りした動画だった。「やはり、七瀬美里は両親を殺していた」そんな書き込みも一緒に添えられていた。その動画は丁度、美里が僕に秘密を打ち明け始めたとこから始まっていた。投稿者は昨日その投稿の他にも、「告白かと思って撮っていたら、まさかの…これもある意味告白か」「こいつは人殺しだ」「みんな殺される前に逃げろ」続けて沢山書き込んでいた。風の音が一緒に入っていて、二人の会話が聞き取りにくくはあったものの、その動画に対し、たくさんの人が反応していて、「え、これまじ?」「ヤラセだろ完全に」そう反対するものもいれば、「ヤバすぎる」「人殺しと同じ学校とか怖すぎて無理」「普段大人しいのに、本性隠してたのか」そう信じる人が圧倒的に多すぎた。

 やばい、そう思った瞬間タイミング悪く美里が教室に入ってきた。クラスのみんなが美里に注目し、蔑みの目で見つめた。一人の気の強い女子が美里に携帯を見せて、


 「ねえ、これ本当なの?どうなの?」


 かなり強い言い方で問い詰めた。美里は動揺した目で僕を見た。何か言ってあげないと、そう頭をフル回転させても、特別いい言葉が浮かばず、


 「いや、待ってよ。そんな言い方しなくてもさ」


 と、仲裁に入る言葉しか出てこなかった。美里を庇う僕にクラスの矛先は向き、女子たちは言った。


 「てかあんた知ってんでしょ、ここにいたんだから。説明しなよ」


 正直ものすごく戸惑った。なんて言うのが一番いいのか全然分からなかった。確かに美里との秘密を守る自信も美里自身を守る自信もあった。でもみんなに知られた時の嘘のつき方を、僕はまだ考えていなかった。自分だけに留めて置けばいいと、それが「秘密を守る」「美里を守る」ことだと思っていた。
 何も言えない僕を見て、美里は教室を出て行ってしまった。慌てて追いかけると、


 「こないで。大丈夫、碧くんの気持ちは分かってるから。でも今日は一旦帰るね」


そう言い残し、靴を履き替えた。その時、さっきまで降っていなかった雨が降り出していて、急いで僕が持ってきた傘を差し出すと、美里は小さな声で、


 「大丈夫だから」


 とだけ言って、一度も振り返らずに小走りで帰って行った。雨の中帰っていく後ろ姿を見ながら、僕はあの作文の言葉を思い出した。

 「秘密を貫くには
 ひとつの嘘じゃ足りない
 嘘に嘘を重ねて
 それを真実にしていくしかない」
 
 この言葉の重みを、この時初めて理解できた気がした。僕は美里との秘密を貫くための、嘘を考えていなかった。咄嗟になんでもいいから言えばよかったものの、不甲斐ないくらい何も出てこなかった。あんなに自分が守るとか理解したとか沢山思っていたのに、全く美里を守れていない自分に腹が立ち、思わず壁に拳を叩きつけた。痛い、拳が熱を持った。でもきっと、今の美里はこれより痛い思いをしている。自分の不甲斐なさに怒りを覚えた。


 「七瀬さんはきっと、君を守ると思うよ」


 話しかけてきたのは咲人だった。


 「相田…なんなんだよお前」
 「…全て知ってる人だよ」
 「は…?」
 「七瀬さんはあの時と同じ、君を守る方を選ぶよ」


 咲人はそう言い残し教室に戻っていった。美里の秘密をどうして咲人が知っているのか、僕は混乱した。自分だけが知っていると思っていたけど、もしかしたら咲人以外にも知っている人がいるのかもしれないと、ふとそう思った。

 そしてあの投稿はあっという間に広まっていき、裏掲示板の書き込みはどんどんひどくなった。美里に対して「死ね」「報いを受けろ」「のうのうと生きてるのヤバすぎ」心無い言葉が溢れた。美里が昔どんな環境で育ったか、美里がどんな人か、美里と話したこと、関わったこともない人が卑劣な言葉で誹謗中傷を浴びせた。普段から静かだったり人より暗かったこともあり、あの時はこう思っていたんじゃないかとか、訳がわからないところまで美里に関するあらゆる話が話題になった。

 そして、その矛先は僕にも向けられた。「七瀬美里が好きだから庇っている」「人殺しのことが好きとかどんな神経してんだよ」「変わったもの同士気が合うんじゃね」「和泉くん好きだったのにショック」「正直学年で一番かっこいいと思ってたけど、流石にこれはない」「顔だけ男で中身クズ」悪い書き込みで溢れた。僕も少なからずその状況はきつかったけれど、美里のことを思うと我慢できた。僕はこの時、言葉こそ本物の凶器だと思った。どこの誰か分からない人が自分のことを散々な形で言いまくる。まだ直接顔を合わせて言われた方がマシだと思った。春樹も駿も気まずそうな顔を僕に向けていた。僕は自然と、洋ちゃんがいる美術準備室にいる時間が増えた。
 
 あれから一週間、美里は学校に来ていない。電話もラインも繋がらないし既読にならない。家に行ってみたけれど、美里の叔母さんから、「もう少し時間が欲しい」という美里の伝言を伝えられた。まるであの頃に戻ったみたいだった。
 僕に直接いろんな人が聞いてきた。まずあれが事実なのかということ。僕はもう遅いと思いながらも、嘘をついた。あるドラマのワンシーンを好きすぎて真似しただけだと。見え透いた嘘だったけれど、そんなことくらいしか思いつかなかった。
 僕が嘘を主張したことで、その話題から離れていく人もいた。「どうせそんなことだと思った」「こいつ焦って投稿してて草」「誤解とか七瀬さん可哀想」美里の味方になる人も出てきた。
 世間の目はコロコロと意見を変える。何が真実で何が嘘とか関係ない。何が騒がれているかが重要だ。このまま誤解と思わせられれば、きっとそっちにみんなが流れていく。僕はそう考えていた。
 そしてまた一週間が経った。二週間前の美里の出来事は、少しずつ薄れていって、まだああだこうだと騒いでいる人はいるけれど、だいぶ減っていた。それも、また先生と生徒の恋愛が取り上げられ、そっちの方が今は面白いということなのだと思う。こちらの話題は美里が二週間学校に来ていないのだから、直接聞くこともできないから何も進展がない。だから、永遠と同じところで騒ぐのはすぐ飽きる。僕は次美里が学校に来た時、どうしようかと考えていた。

 そして、気がつけば明日から十二月。季節は冬になっていた。日曜日の夜、美里からラインが来た。

 『私、引っ越すことになった』

 一瞬読み間違えたかと思ったが、そんな小さな期待はすぐに裏切られた。

 『なかなか連絡できなくてごめんね。急だけど、明日がこっちにいるの最後になる』
 『学校には朝行って、先生に挨拶だけする予定です』

 あまりにも急すぎではないかと、怒りさえ覚えた。僕があの日した行動は、そんなにも美里との距離をあけてしまったのだろうか。秘密を共有した日、確かに僕と美里の気持ちは一つになったはずだった。これからの明るい未来を想像したのは自分だけだったのだろうか。美里からのラインに返事ができず、朝になった。

 いつもより早く起きて朝ごはんも食べずに家を出た。お母さんが大きな声で

 「ご飯はちゃんと食べていきなさい!」

 そう叫んでいた気がするけれど、僕は無視をして自転車に跨り、ものすごい勢いで学校に向かった。急いで職員室に向かうと美里がちょうど出て来たところだった。僕は美里に駆け寄ったが、美里は僕を無視して足速に歩き出した。思わず腕を掴み、少し強い力で引っ張り抱きしめた。


 「俺やっぱり頼りない?あの時、嘘つけなかったから嫌いになった?あの時も今も、どうしてそうやって一人になるんだよ」


 少しだけ強めの声で言った。どこかに行こうとする美里に「待ってくれ」そういう思いで伝えた。心が乱れながらも、ぎゅっと自分を抱きしめる僕に、美里は冷静な声で

 「離して」

 そう言って僕を少しだけ強い力で振り解き、
 
「屋上で話そ」

 小さな声でそういい、屋上に向かった。
 廊下を歩きながら、自分の前を歩いている美里は今何を考え、何を思っているのか、聞かなくても分かったらどれだけいいかと僕は思った。
 屋上につき、冬の寒さが二人をあっという間に飲み込んだ。


 「私のことで迷惑をかけてること、本当にごめんなさい。でも、引っ越しは今回のこととは全く関係ないから、変に責任とか感じるのやめて。でも碧くんはやっぱり私と違う人間だなって思った。私たちは混じり合っちゃいけないんだよ」
 「いや、一緒だよ同じ…」


 「同じ人間」と言いかけたところで美里は僕の言葉を遮った。

 「違う!碧くんは、人を殺してないじゃない!…そこが大きい、大きすぎるよ」

 彼女が話す声から物凄い意志と覚悟の音が聞こえた気がした。「いや、待って」そう言おうとした僕の声をかき消すように、


 「私別に碧くんに好きって言ってないし、というか、好きじゃないし。このままもう会わないのが私たちにとっていいと思うんだよね。碧くんの気持ち受け取れないのに、会ったり連絡とるのとかちょっと私にはできないから、今日で最後ってことにしよ」


 僕はまた思った、あまりにも急すぎではないか。今日ははっきりと怒りが湧きあがった。でも、美里から伝わる思いがあまりにも大きすぎて、何も言い返せなかった。また、これが美里のためになるのならと思った。いや、そう思うことでまた僕は自分を守っていたのかもしれない。きっと何を言っても美里の想いは変わらない。こんなにも分かりやすい嘘をつき通そうとしている。そう伝わるからこそ、何も言えなかった。
これが最後になるならと、僕は伝えた。


 「美里が落ちて行くところに俺は、一緒に落ちていきたい。俺は評判なんてどうだっていい。誰に何を言われても気にしない。美里が好きなんだずっと。今までもこの先も」


 初めて「好き」と言う言葉を口にした。でもどう見ても、美里を繋ぎ止める言葉にしか聞こえない。こんな風に伝えたいわけではないのに。「好き」ってもっと素晴らしい言葉なのに、必死に縋っているようにしか伝えられなかった。


 「…私達は違いすぎるんだよ」
 「どこがだよ!同じ人間で同じ場所にいる。過去なんてどうだっていい。過去は過去。これから二人で乗り越えようって言っただろ」
 「ううん、過去はその人に一生付き纏うの。過去は変えられない。それに、私は碧くんにまだ秘密があるの、でもそれは言えない」

 美里はそう僕の目を見てはっきりと言った。そんなのとっくに気がついている。全てを曝け出してもらえていないと言うこと。再会してから今までずっと感じている違和感。それでも、それを気にしないって言っているじゃないか。どうして、伝わらないんだ。しばらく黙っていると、彼女は耐えきれなかったのかこの場を後にしようとした。
 僕の横を通り過ぎる時、掠れた小さい声で 

 「ごめんね」

 そう言った気がした。少し強い風が吹いて、空耳かも知れないけれど、そう聞こえたような気がした。掠れて涙ぐんだ声。その声の後は美里はきっと涙を流す。美里は今泣いているんじゃないだろうか。追いかけて抱きしめてあげられない自分と今の状況にやるせない気持ちが昂り、気がついたら僕の目にも涙が溢れていた。もう17歳。あの頃とは違うと思っていたけれど、されど17歳だった。美里の人生を背負って生きていける根拠がない。お金だってない。二人で遠くに行こうなんて言葉が出てこなかった。月日が経っても僕はあの頃と何も変わっていなかった。この日は確かに寒かったが、一段と寒く感じ、心から震えた。


 「ほら、言ったでしょ。七瀬さんはこうやっていつも君を守るんだよ」


 膝まづいて泣いている僕に声をかけたのはやはり咲人だった。


 「…またお前かよ。相田お前マジでなんなの」
 「だから言ったじゃん、全部知ってる人だって」
 「だからそれがどう言う意味だって言ってんだよ!」


 僕は思わず咲人の胸ぐらを掴んで壁に押しつけた。カッとなった僕とは違い、この状況なのにも関わらず、咲人は至って冷静だった。


 「分かった、分かったよ。でも僕だけじゃだめ。栞ちゃんがいないと」
 「栞…?」


 咲人は掴まれて乱れた服を直しながら言った。


 「そう栞ちゃん。七瀬さんの秘密、一番よく知ってるのは彼女だよ」
 「どうして栞が出てくるんだよ」


 栞が美里の秘密を知っているわけがない。当時、僕が現場に行った時、栞は後ろから追いかけてきた。何度も美里の家に一緒に行った。知っている人の行動ではない。それに栞は今日本にいない。今のこの状況すら知らないはずだ。

––––だからダメだって!

 夏休み、公園で声を荒げていた栞を思い出した。何がダメなんだと気にはなっていたが、あの時の僕はそこまで重要視していなかった。その後に、美里に「ちゃんとしたい」そう言われて、秘密を告白された。と言うことはあの時その話を…と頭で結びついた時、咲人が言った。
 
 「あの事件の日、あそこに居たんだよ。栞ちゃんも」
 「…あそこって」
 「そう、あの燃え上がってる七瀬さんの家にね。いたよ、栞ちゃん」
 
 冷たい風が二人の髪を揺らし、揺る校庭の木の音が妙に耳に残った。