「それでは登場していただきましょう。芥川賞を受賞されました、立花桜先生です。おめでとうございます!」

 司会者の言葉で、会場に居合わせる記者や、ファンのボルテージが一気に上昇する。
 桜という名前から、世の中は勝手に女性だと想像する。実際に見ていない、会っていないのにも関わらず、「10年に一度の美人作家」なんて肩書きまでついた。誰が言い始めたのかわからない。僕は今日まで一切公の場に顔を出していない。僕の素顔を知っていたのは、立花桜の専属編集者で僕の従兄妹ただ一人だけだった。
 そうとは知らず誰かが「桜先生と遭遇した」という書き込みをした。「美しかった」「握手をした手が綺麗だった」と言う内容が一気に広まっていき、その書き込みには沢山の『いいね』がついた。何処の馬の骨かも分からない人たちが、他にも沢山の噂を流し騒ぎ立て、立花桜の理想像が出来上がった。そして今回の「作家・立花桜初顔出しの日・生中継」を日本中が注目することになった。
 一切顔を出さない事に不満を覚え、注目を浴びている立花桜に嫉妬をした人たちが、誹謗中傷の書き込みをした。

「顔を出さないのはブサイクだからじゃね?」
「10年に一度とかしょーもな」
「あいつの小説マジで嫌い」
「どうせすぐ消える」

 きっとこれが彼らにとってストレスの発散の仕方なのだろう。
 そこで僕は当事者になって改めて思った。普段の不満を誰かにぶつけることでしか楽になれない人たちが世界にはあまりにも多すぎる。そして、自分が楽になることで、誰かが苦しむと言うことを、想像できない人があまりにも多すぎる。

 裏で一緒に待機をしていた従兄妹の栞と目を合わせ互いに頷く。『大丈夫』と言われている気がして自然と緊張が解れた感覚になった。いざ登壇の時。僕の姿を見るなり、一気に会場が静寂に包まれた。僕は深く深呼吸をして、動悸を抑え込んだ。


 「初めまして、立花桜です。こんな素晴らしい賞をありがとうございます。表舞台は初めてなのでとても緊張しています。
 まず、皆様を驚かせてしまったことは深くお詫び申し上げます。立花桜と言う名前は僕のペンネームで、素性を明かさずに今日まで活動してきました。立花桜とい言う人物に対し、あらゆる憶測が飛び交う中、僕は今日、ある人の人生を借りて、世界に訴えに参りました。
 いきなりですが、今作品に関係する話を始めましょう。この世界には越えてはいけない一線が存在します。社会的・法律的にダメなこと。例えば不倫。既婚者と関係を持つことは社会的に認められていません。薬物・万引き・強盗、そして殺人。法律的にも社会的にも認められず、日本では特に厳しく罰せられます。このような踏み止まるべき範囲を外れてしまうと、世間の目は一変するんです。

 世間からの評判はとても大切です。悪い噂は人生を生きづらくします。例えば名の知られている人が浮気や犯罪を犯せば、分かりやすくSNSが荒れます。世間様はとてもご立派で、散々上から物をいい、その人の関係ない事情まで暴露し、彼らを表の世界から抹消します。もちろん、踏み止まれなかったその人が悪人で、どんな事情があろうとも足を踏み入れてしまった人が悪いです。

 しかし、その人に会ったことも話したこともない人が、有る事無い事ものを言い、実際に自分がやられたわけではないけれど、なんとなく便乗して悪口を書いてみたり、誹謗中傷を浴びせることで快楽を覚え、責め立てる人は悪人ではないのでしょうか。「キモい・うざい・死ね」例えばですけど、この三つはネット上禁句ワードにした方がいいと思うんです。表舞台の人ではなくても、会社・学校・住んでいる地域、それらで悪い噂やそれに関する誹謗中傷の標的になれば、とてもじゃないですけど普通には生きられません。実際に見たわけではないけれど、噂というものは信じてしまうのが人間だからです。

 僕は聞きたいです。事実かわからない状態で、いろんな憶測をわざわざ書き込むのはどうしてでしょうか。会ったこともない人の人柄などを自分の中で勝手に解釈するのはなぜでしょうか。実際に手を加えていなくても、言葉で人を追い込んだ人はどうして罰を受けないのでしょうか。
 きっと今、僕に関する内容がたくさん書き込まれていると思います。例えば「男かよ」「こいつ話長い」「うざい」「騙された」そんなところでしょか。でも一つ言わせてください。僕はそこのあなたに「こいつ」などと呼ばれる覚えはありません。僕は自分の素性は一切明かしていませんでした。皆様が勝手に立花桜と言う人物はこうだと理想を詰め込んだんです。見たことも、会ったことも、話したこともないのに、ネット上のどこの誰が書いたかわからない言葉を、簡単に鵜呑みにして僕をここまで大きくしたんです。

 僕はすごいなと感心しました。人のことを簡単に信じやすい人たちの集まりで、気楽でいいなと思いました。同時に、その自分の発信した言葉が、相手を苦しめていることにすら気づけない愚かな人達だなと思いました。同じ人間として、人間を辞めたくなりました。

 「人間辞めたいなら、死ねよ」「こいつうざすぎ、死ねばいいのに」

 今書き込んだ人いるんじゃないですか?何を言っても自分が悪いと認めない頑固さは人間の特徴でもあります。だから怒るなら、人間を作った神様に怒るべきなのかもしれませんね。はは、何が言いたいのか分からないですよね。すみません」

 数多くのフラッシュを浴びながら、僕は深呼吸をした。

「突然ですが、もし大切な人が暗闇に落ちていきそうになったら、貴方はどうしますか?もし大切な人が踏みとどまるべき範囲を超えていたら、それを半分背負う覚悟はできますか?もしくは、背負いたいと思える人が貴方の近くにいますか?…僕にはいます。勿論救い上げる気持ちで、落ちるところまで一緒に落ちていける人。
 これから話す話を、貴方なりにその人を思い浮かべながら聞いてください。まだまだ長くなりますので、どうか腰を下ろして、興味がある人だけ残ってください。僕はこの思いが、全ての人に届いて欲しいなんて思っていません。ただ、世界中に一人でも、今自分がしている言動や行動を見つめ直してくれる人がいたら、そんな嬉しいことはありません。僕の人生を賭けて、あなたに届けます…そして…」

「待ってる、俺はずっと待ってるよ。悪者になんてならないから、出来れば俺に君を、守らせてほしい」