好きな人には好きな人がいて、その好きな人も私の好きな人だった。
 彼と彼女は誰にも邪魔されない見えない糸で繋がっているみたいだった。
 私の入り込む隙間なんてこれっぽっちも用意されていなくて、思いを伝えるなんて行為すらさせてもらえなかった。
 ここまで聞くと、男女の三角関係で、私の味方をする人も少なからずいるはずだ。でも残念ながら私は同情を買える程の悲劇のヒロインではない。
 二人が暗い闇に落ちていくのを私はただ見ていた。いや、見ていただけではないかもしれない。もっと落ちていけばいいのにと、そう願った日もあった。このままじゃ私がダメになりそうで、そう願うしかなかったと言えば聞こえがいいのかもしれない。





 『速報です。本日の夕方午後五時三十分頃、モデルの七瀬美里さんが自宅近くの路上で女性に刺され、病院に運ばれたとのことです。転倒した際に頭を強く打ち付け意識は戻っておらず、予断を許さない状態です。また、女性は逃亡し、現在捜索が続けられております。また新しい情報が入り次第お伝えします』



 あの時もう少し早く彼女のところに行っていたら。寄り道なんてせず、真っ直ぐ彼女の元に走って行ってたら。彼女の運命は僕が変えられていたのかもしれない。彼女に渡すはずだった、百合の花を抱えて崩れ落ちる彼の姿を私は見ていた。泣き叫ぶ声が病院に響き渡る。何があったんだと野次馬が寄ってくるのを差し置いて、彼はただ泣き叫ぶことしかできず、私の前で彼女のことを想って泣いていた。

 前に彼が彼女について話していたことを思い出した。昔の彼女はいつも凛としていた。何が起きても特別驚いた表情は見せなかった。黒く長い髪の毛が綺麗で、人より肌が白く、化粧などで着飾らないところが他の女の子とは違った。そこが魅力的だった。一人の時間には必ずヘッドホンをしていた。周りと関わらないようにする姿が、どこか悲しく、小さな子供のように見えた、と。

 この話も聞いたことがある。
 彼女は高校2年生の時、作文コンクールで金賞を取った。その内容を、全校生徒の前で発表をした日のことは今でも覚えていると。

 「犯罪は、必ず根元に何かしらの原因が埋まっているものです。その理由次第では私はその犯罪者を讃えるかも知れません。良くやった。あなたは強いわ。そう言うかもしれません。そして、なぜ隠し通さなかったんだと怒るかもしれません。誰も何も知らずに生きていたら、みんなが幸せかもしれない。秘密を打ち明けて、気持ちが晴れるのは、打ち明けた人だけです。秘密にしている自分に耐えきれず、全て解放されたいと願う。だったら初めから秘密なんて作らないほうがいいです。そんな弱い人は秘密を作った時点で負けです」

 彼女の迫力にみんなが圧倒され、静まり返った体育館の生ぬるい感覚。今でも昨日のことのように思い出し、そして彼女が言った一言が彼の人生を変えたらしい。

「秘密を貫くには
 ひとつの嘘じゃ足りない
 嘘に嘘を重ねて
 それを真実にしていくしかない」

 その言葉の意味を、すぐに理解することは不可能だったらしい。ただ、彼女が何か秘密を抱えていることは確かで、何を抱えているんだろうと、彼は軽い気持ちで思っていたみたいだ。
 あの頃の彼はすっかり彼女に夢中で、彼女の存在が彼の全てだった。彼女を見ると、めまいがしたらしい。隣にいると、胸の奥が強く締め付けられたらしい。彼女が今何を考えて、何を思っているのか。まだ子供だった彼にとってはそんなに重要ではなかったみたいだった。自分の気持ちが自分の身を追い越していたあの時の彼は、本当に子供だった。秘密をどう貫くのか。嘘をどうやって真実にしていくのか。その前に、彼はきっとその秘密を受け止めれる程大人ではなかっただろうと思う。だからこそ、一つの嘘を越えられるだけの嘘が、あの時はつけなかったのだろう。

 「空から降る雪が雨になって、氷が溶けて水になる。そんな風に私も姿を変えれたらな。そんな風に、溶けていなくなれたら楽なのに」

 空から降る雪を眺めながら、彼女は私にそう言った。雪のように白い手を擦り合わせる彼女を、私は眺めていた。あの日のことは私は忘れないと思う。忘れたくても忘れられない。誰を思ってそう言っているのか、痛いほど伝わってきたから。
 二人は運命の糸で結ばれていて、あの時も今も彼は変わらず、彼女の事を誰よりも、愛していたし愛している。でも私もずっと想っていた。あなたを愛していると。初めて会った時からずっと、ずっと想っていた。