大きな目が潤んで、その中に湛えた水分をおとさないように必死に踏ん張っている春陽の頭をそっと撫でる。
 触れるという感覚がないけれど、私と同じ髪質の頭を優しく優しく撫でてみた。

『私、押し付けられたなんて思ってないよ。それに、あの時のママってば頭カチンカチンで全然言うこと聞かなかったし。だけど、春陽もイヤだったでしょ? ママを一人にするの』
「そうだけど、だからって夏月にだけその役目を押し付けちゃって」
『押し付けられてない。春陽だってママと一緒にいたいのガマンして頑張ってた。そうでしょ』
「だったら、夏月だって……。私……夏月の風邪がうつったなんて今でも思ってないからね! そんな風にもう思ったりしないで、頼りないかもしれないけど私の方がお姉ちゃんなんだよ」

 あっと思った時には、溢れ出た涙がボロボロと頬を伝っていく。
 全ての感覚が無くなっても尚涙だけは零れ落ちる。
 肌で感じたり、味覚や嗅覚は無くても、嬉しいや悲しい、気持ちだけは死して尚感じられるのだ。
 同じように頬を濡らした春陽が私を抱きしめている。
 感じることのないその抱擁にぬくもりを思い出す。

『春陽、私ね、一つ覚えてることがあるの』
「うん?」
『私が死んだ夜のこと。もう死ぬんだなって最後に瞬きしたら、銀色の三日月が見えたの。それが死神が手にする鎌みたいだなって……、この風景、春陽に伝えたいなって思ってね』
「なっ……、死ぬ間際になんてのんきなこと、全然笑えないんだけど」
『うん、伝えたら今みたいに春陽は怒るかもって思ってた。それでさ……、春陽に会いたいなって思ったの。もう一回、会いたかったなって』

 最後の瞬きの中で願った想いは、死神の鎌が哀れに思って叶えてくれたのかもしれない。
 
「会いに来てくれて、ありがと夏月」
『死んでからのがいっぱい迷惑かけててゴメンね』
「かかってない。というか、夏月が生きてる間にお姉ちゃんらしいことしたかった」

 アハハとお互い泣き笑って抱きしめあう。

「では、お姉ちゃんらしく夏月の未練探しをしようかな」
『はい?』
「全部叶えたい、夏月が生きている内にしたかったこと」

 私が返事をする間もなく、出かける支度を始めた春陽はドアを開けて「行くよ」と笑顔で振り返る。
 本当にしっかりしたお姉ちゃんみたいな顔をしている春陽に、一瞬ドキッとする。
 ああ、そうか。
 私の時間は止まってしまっても、春陽の時間は流れている。
 これからもずっと流れていく。
 大人になっていくんだ。
 取り残されたような心細い気持ちに蓋をして『待ってよ』と春陽の後を追う。