「おはよ」

 リビングに降りた春陽が、目の当たりにした光景はパパとママが並んでキッチンに立つ風景だった。
 春陽が何度か目を擦っているのは、まだ自分が夢から覚めていないと思っているからなのかもしれない。

「春陽、お皿取ってくれる?」

 ママの声に頷いて春陽は食器の入っている棚を開ける。

「中くらいのお皿でいいよ」
「はーい」

 何も言われずとも、春陽は四枚の皿を出してキッチンに運ぶ。
 パパがカットしていたトマトと、グレープフルーツを手際よく更に並べると、ママはその横にフライパンに並んでいるハムエッグを添えた。
 チーンと出来上がりの音を告げたトースターの中には、私が好きなテーブルロールが八個。
 これ好きなんだよね、温めるとバターが沁みて美味しいんだ。
 春陽がそれぞれの皿にパンを二個ずつ置き、アイスコーヒーのカップはパパとママの席に。
 牛乳を入れたカップを春陽の席と、私が座っていた席に。

「いただきます」

 三人が手を合わせて、一瞬私の方を見てから食事を始める。

「ママのベーコンエッグ、久しぶりに食べた! やっぱりパパより上手だよね」
「いつも春陽が長野に戻ってくる度に『ママのはちょっと半熟で美味しいんだ』って言われるんだけど、どうしても僕が作ると固くなっちゃってさ。ベーコンも焦げちゃう」
「ちょっと水入れて時間短めにしてみて、長く焼き過ぎてるんだと思うの」
「なるほど、明日挑戦してみよう」
「ええ? 明日はママのパンケーキがいい」
「お、パパまだ食べたことないかも」

 三人の会話を聞きながら、目の前に置かれている少しも減らない自分の皿の中身から湯気が消えていくのをぼんやりと眺める。
 匂いもしない、味わうことも、もうないんだけど、私だって、ママの作るベーコンエッグ、大好きだったんだから!
 そう思ってしまったことが、まるで春陽に対抗してるみたいで恥ずかしくなる。
 だったら言えば良かったのにね。
 春陽みたいに素直に、私は色んなことを言うべきだったのに。
 唇を噛みしめた私を春陽が不安げに見つめている。
 あわてて、大丈夫と笑顔を見せて。

『ねえ、春陽。私のロールパンにもバター塗ってよ、多めに』

 そう冗談を言ったら、春陽はパパとママに気づかれないように頷き私の皿から冷めてしまったパンを取りバターを塗ってくれた。

「夏月、バターの溶けたとこが好きって言ってたわ」
「そうだったね」

 春陽の手元を見たママの呟きにパパも懐かしそうに目を細めてる。
 
「じゃあ今度は熱いうちに塗らなきゃだったね、ごめんね、夏月」

 春陽の声に静かに首を振る。
 バター塗ってなんてほんの冗談だったんだ。
 もう、いいんだよ? 私はもう食べられやしないんだから。
 言ってしまえば、春陽が泣いてしまうかもと、何も言えなくなった。