階下で誰かが動く気配を感じ、キッチンに向かうとパパがいた。
 険しい顔でダイニングテーブルにつき自分のスマホを眺めている。
 悪いな、と思いつつ、そっと背後から覗き込むと。
 それは、アルバムだった。
 小さいころの私と春陽が同じ顔をしてスイカにかぶりついている長野での写真。
 私が大きなニジマスを吊り上げる横で、エサだけ取られたことに気づきふくれている春陽。
 パパとママとお揃いのカチューシャをつけた私が、テーマパークのお姉さんに写して貰った家族三人の写真。
 パパが写真をスクロールするごとに、私と春陽がどんどん成長していく。
 最後に写っていた私は、今年の春に近所に咲く桜をバックに自撮りした変顔の自分だ。
『たまには写真くらい送ってよ』パパからのリクエストに応えたもの。
 パパも今年に入ってからは東京出張がなくて、しばらく会えていなかったからだ。
 その後は全て春陽の笑顔だった。
 高校の入学式、じいちゃん、ばあちゃんと一緒に写っていたり、きっと春陽の友達だろう女の子たちとの写真。
 背景が長野の家っぽいから、春陽のところに遊びに来たのかな?
 最新まで見終えてから、パパはまたスクロールして、指を止めた。
 また、さっきの私の変顔写真だ。
 しばし食い入るように眺めていたパパが、うっと嗚咽を漏らし目頭を抑え、肩を震わせている。

『ごめんね、パパ』

 親に泣かれるのは辛い、離れて暮らしていてもずっと仲良しで大好きだった優しいパパ。
 春陽やママの前では気丈に振る舞っていたけれど、時々誰にも見られない場所で泣いているのを知っていた。
 声もかけられない、触れられない、こうして側にいるしかできない自分に苛立っている。
 神様、私が生まれ落ちた意味って、なんなんですか?
 友達からハブられて親友と絶縁、姉とは離ればなれで暮らし、親より早く死んで悲しませてるなんて……。

「ヒロ……?」

 私もパパも深い悲しみの中でその気配に気づけずにいた。
 リビングの入り口でママがこちらを見ていたのだ。
 パパの名前は、(ヒロシ)だから、ヒロ。ママは時々、パパのことをそう呼ぶ。
 ママに気づき、ハッとしたように涙を拭ったパパが上ずった声で「おはよう、早いね」とママに声をかけた時だった。
 早足でパパに近づいてきたママの次の行動に呆気にとられる。

「あゆみ?」
「一人で泣かないでよ、泣きたい時は私も呼んで」

 そう言ってパパを抱きしめたのだ。
 パパは「ありがとう」と頷いて、ママを抱きしめ返し、静かに二人は泣いていた。
 私は二人にクルリと背中を向けて、また春陽の元に戻る。
 少しだけさっきより心が温かいのは、存在意義を確認できたからかもしれない。