――――目をつぶると、土砂降りの大雨、ザァザァとした音がよみがえってくる。
 息苦しささえ感じるほどの叩きつけるような雨、むせ返るような湿度の中で、時間を気にしながら躊躇していた。
 スマホを確認したら、十九時を少し回ったあたり。
 そんなことより、電池残量が残り十二パーセントということに目を丸くした。
 充電器の調子悪かったもんなあ、新しいの買わなきゃ、なんて思いながら、今度はコンビニの中の壁時計を見た。
 まだもうちょっと大丈夫かな? 雨に当たらない場所で、待ってるんだよね?
 コンビニの軒下で少しでも雨足が弱まるのを待っている私の目の前に、黄色いバスが止まってマヒロくんが降りてきた。
 家がこの近所らしく、降りて真っすぐに家に向かって帰ることもあれば、ママの迎えが遅い日はコンビニで時間を潰したりしてる。
 マルの家からの帰り道、コンビニに立ち寄る私の時間とよく合うから、いつしか顔見知りになって名前まで知る仲だった。

「お姉ちゃん、こんばんは! すごい雨だね」

 逃げるように走ってコンビニの軒下に滑り込んできたマヒロくんは、雨粒を顔にまとわせたまま、生えかけの前歯を出してニカッと笑う。

「ホントだね、ゲリラ豪雨だ」
「ゴリラゴウウ?」
「残念、ちょっと違う、ゴリラではない」

 私とマヒロくんの笑い声は雨の音にかき消されて、互いに降りやまない空を見上げた。

「僕、今日はお迎えないからゆっくりできないんだ。ママ、転んで足を怪我しちゃったの。だから帰りは走って帰るからねって言ってあるから」

 じゃあね、と雨のカーテンの中に飛び出そうとするマヒロくんのリュックをグッと掴んで引き留める。

「待って待って、傘はどうした?」
「プールのロッカーに忘れちゃった」

 エヘヘと笑うマヒロくんの笑顔に苦笑して、バッグの中から愛用の赤い折り畳み傘を取り出し握らせた。
 この大雨に対抗するには心もとない大きさだけど、無いよりはマシだろうし。

「え? いいよ、いいよ! お姉ちゃんが困るでしょ?」
「大丈夫だよ、いざとなったらコンビニで傘買うから。それよりママが心配してるだろうから早く帰りな?」

 私の顔と傘を見比べていたマヒロくんは、考えてからコクンと頷いて。

「ありがとう、あの、この傘は」
「じゃあ、次のプールの日に、またここで会えたらで」
「はいっ、じゃあ、また三日後に!」
「うん、会えなきゃ来週でも」

 わかったと彼は傘を広げると、雨の中を走らず慎重に歩き出していく。
 本当は走りたいだろうに、そうしないのは私から借りた傘を大事に揺らさないようにしてだろう。
 その優しさを見送りながら、私も決心する。
 急ぐか、きっと待ってる、困ってるだろう。
 そうしてコンビニに入り、私は透明なビニール傘を買った。
 壊れても別にいいかな、と雨足がまた強くなっていく夜の町を走り始めた。