『中二の時だったんだ。合唱コンクールの地区大会があったんだけど、部内で風邪が流行っちゃって。ソプラノのソロパートを歌うはずだった先輩が寸前でダウンしちゃって。他にも歌えそうな子も、風邪が治ったばかりで自信がないって』

 あの頃のことを春陽に全て話すのは、私だって勇気がいる。
 春陽はきっとそれをわかってくれているのだろう。
 言葉を選んで、時々止まってしまう私の次の声をただじっと待っててくれる。

『それがさ、コンクールの二日前よ。どうしよう、誰がいいかって話し合いをしている中で美織がね、私を推薦してくれたんだ』
「え? 夏月は伴奏じゃ」
『伴奏はもう一人一年生に補欠の子もいたから、それは大丈夫なんだけど。美織は私が全てのパートを覚えてるの知ってたんだよね、よく帰り道二人で歌いながら帰ってたから……。じゃあ、一回歌ってみて、と先輩たちに言われて……結果コンクールのソロパートを任せられたんだけどね』

 あの瞬間のカナの舌打ちをするような顔が頭をよぎる。
 アヤの苦笑している顔を思いだして、気づけばまた私は自分のスカートを強く握りしめていた。

「なんか、あったんだね」
『うん……、あった。当日になって私が風邪引いちゃうなんてさ』

 部内の風邪が自分のところにやってきたのはコンクール当日の朝だった。
 
『起きたら体調がすこぶる悪くて熱を測ったら、三十八度だったの。それでも声はまだ出たから、なんとかコンクール終わるまではもつんじゃないかなって』

 事の顛末を想像した春陽は既に悲しい顔をしている。
 そう、春陽の思っている通り。

『体調が悪いことを誰にも言わないまま出場したはいいけど、肝心のソロパートで咳が止まらなくなっちゃって……、最悪だよね。名門校の金賞が途絶えた瞬間だったと思う』

 あの日を思い出すと全てが嫌になる。
 ステージ横の廊下まで歩いた瞬間、また咳が出た。
「ふざけんなっつうの。黙ってピアノ弾いてればいいのに」
 昨日まで一緒にいた仲良しメンバーの一人カナの声にハッとした。
 アヤがこっちを見て涙ぐみながら「最悪」とつぶやいた。
 他の二年生メンバーは私の方を見ようともしない。
 美織はただずっと泣いていた。
 一年生は関わり合いになりたくないとばかりに俯き、三年生は最後のコンクールの結果発表を待たずに悔し泣きしていた。
 全部……、全部、私のせいだ。