「夏月、なんか答えました?」
「うん『良かったじゃん』ってボロボロ泣き出した。俺が学校に来れなくなったことや留年した理由聞いてさ。俺もその泣き顔見てたら釣られて、二人してバカみたいに泣いて。で、夏月はようやっと俺にだけ自分がHarukaだってこと教えてくれたわけ」

 Harukaは、学校で居場所のなかった夏月が創り出した偶像かもしれない。
 でもそうすることで、自分の心の内をHarukaとして発信することで、この一年夏月は過ごしていたのだと思う。

「それでもアイツ、何回誘ってもダメで。ようやく口説き落としたのは六月初め。ユニット組むまでに一ヶ月もかかって、だけどそれからほぼ毎日、ここで一緒に曲作ったり練習したり、時々ユニットで配信してたりしたんだ」
「あとで、ユニット名も教えてください。家で観たいです! あ、親には言いませんよ!」
「うん、そうしてあげて。家族や友達にも内緒で活動してたから。あ、でも俺が春陽ちゃんに言ったことバレたら絶対怒られるよな」
『いや、現在進行形でめちゃくちゃムカついてんだけど!』

 そんな夏月のつぶやきも聞こえてきて、マルさんの話とともに苦笑した。

「Harukaって、多分……、春陽ちゃんの春に、夏月の夏って書くんじゃない?」
「え?」
「なんで、Harukaって名前なのか聞いたら、好きな人の名前を貰ったんだって」

 好きな人って、夏月、それって私のこと?

『あ――、もうっ! マルなんか大嫌いだ』

 ようやくこっちを向いた春陽が小さな子供みたいにほっぺたをパンパンに膨らませてマルさんを睨んでいる。
 余計なことをこれ以上私に聞かれるのが恥ずかしくて仕方ないんだろうけど。

「きっと余計なこと言うなって夏月に怒られますよ」
「かもしんない。つうか、ね」
「はい」
「春陽ちゃんが夏月と同じ顔してるせいもあるんだろうけど。さっきから、ここに夏月がいるような、そんな気がすんだよな」

 目を細めて部屋の中を見渡したマルさん。
 鋭いです、今そこに、マルさんの五メートルくらい右にいますよ、とは言えない。

「あの日、ここで十八時半頃まで練習したんだよ。で、また明日っていつもみたいに家の前で別れた。見送られるの好きじゃないって、いつも一人で帰ってて」

 それも夏月らしいや。
 だって、いつも長野の駅まで送るって言っても必ず一人で帰ってた。
 見送られると寂しくなるでしょって。
 それなのに私が東京駅から帰る時は『春陽はボーッとしてるから、間違えたら困るし』とホームまで必ず見送ってくれる。
 夏月って、そんな子なんだ。