「もし、春陽ちゃんがあの子に連絡取りたいっていうなら、どうにかしてあげたいけど、二学期になってからになるかも。俺もそんなに友達多くなくてさ。ホント申し訳ない」
「あ、いえ」

 マルさんの笑顔が申し訳なさそうで、大丈夫ですからと何度も首を振った。

「四月の後半、ゴールデンウィークに近づいた頃。また学校辞めたい病にかかり始めてさ、屋上の扉の鍵を壊して、よくそこでサボってたんだよね。時々Harukaの動画見ながら寝そべってたりして。あの日は、午後からの授業くらい出るか、と思ってイヤホンを耳から外したらさ、どっからかHarukaの歌声が聞こえたわけ」

 屋上のフェンスを両手で握りしめた夏月が、動画サイトでよく歌っていた家族や友達を想う、さっき聞いたバラードを歌っていたらしい。
 マルさんがいることに気づかずに泣きながら歌う夏月は。

「フェンスがなきゃ飛んでくんじゃねえかってほど、危うかった」

 マルさんの言葉に、ますます項垂れたような夏月の背中は完全に泣いていた。
 私には知られたくなかった、家族だから。
 唯一の姉妹だから。ねえ、そうでしょう?

「夏月が歌い終わったと同時に拍手をしてみたら、こっちを振り向いて口元をワナワナさせて。今まで泣いてたくせに、顔を真っ赤にして怒るわけ『勝手に見んな! いつからいたんだ!』って。俺のが多分先にいたってことと『オマエがHarukaなの?』って聞いたら『違うっ!』って全力で逃げて行った」
「夏月は、聞かれてるの気づいて恥ずかしかったんだと思う、きっと」
「それもそうだし。まさか正体バレるとは思ってなかったんじゃない?」

『マルうるさい、黙れ』という夏月の憎まれ口が聞こえてきて、私がクスリと笑ってしまうと。

 私の笑いに気づいたマルさんが首をかしげた。

「あ、いいえ。夏月のことだから、めちゃくちゃつっけんどんにマルさんを突き放したでしょう」
「そうそう、ガン無視よ! でも耳元で『Harukaだよね?』って言うと噛みつくばかりに『違うって言ってんでしょ、しつこい! 黙れ』って怒るわけよ」

 なんだかその光景が目に浮かぶようだ。
 夏月は私と違って、活動的だし積極的だし、一見するとボーイッシュで、だけど本当はすごく照れ屋だ。
 だから認めなかった、そうでしょ。

「じゃあ、オマエがHarukaじゃなくてもいいから俺の話聞いてって放課後引き留めてさ。感謝してること伝えたんだ。もう一度俺が学校に来れたのはHarukaの歌を聴いてだったこと。それと、もう一つ。Harukaにいつか歌ってほしくて、俺もギターを始めて歌を作ってること」

 ああ、そうか、そういうことなんだ。
 マルさんが、夏月の相棒って意味がようやくわかり始めた。